星になった君へ

2/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 目をあけると、広がっていたのは青々とした草原と真っ白なスズランの群生。夜空にはたくさんの星が瞬いていた。 「綺麗……」  そう一言漏らした直後、草原を風が吹き抜ける。草の匂いと一緒に、スズランの香りが鼻腔を刺激する。空を見上げると、思わず目を見張る大きくてまあるい銀色の月。月光に照らされながら、何かがこちらを一心に目掛け降りてくる。  白馬だった。つぶらな目でこちらを見つめ、銀色に光るたてがみをなびかせて。白馬は私の目の前に着地すると、頭をゆっくりと下げる。  私は恐る恐る手を伸ばし、白馬の頭を撫でた。白馬は目を細め、腰をわずかに落とす。首を動かし、背の方に顔を向けた。 「……乗れ、って言っているの?」  馬の乗り方なんて知らない。  けれど、そう言われているような気がした。  白馬の左側に立ち、ゆっくりとまたぐ。  白馬はゆっくりと腰を上げ、地面を強く蹴った。  私を乗せた白馬はあっという間に地面から離れ、(そら)を駆けていた。  地球から約三八万㎞離れていると言われている月を間近に感じるほど高い場所に私はいた。空気がないはずの宇宙空間なのに、不思議と息苦しくない。 「ねぇ、これからどこにいくの?」  私の問いかけに反応するわけもなく、白馬は無心に宇宙を駆けていた。  太陽とは逆の方向。木星や土星を遥かに通り過ぎ、気が付けば太陽系の端まで来たのだろうか。 「真っ赤な星……サソリの心臓(アンタレス)かしら」  どこからともなく列車の汽笛が聞こえてくる。  銀河の鉄道――先頭の蒸気機関車は煙を吐いて走っていた。  けれど、その煙は石炭を焚いた時に出る真っ黒な煙ではなく、白い煙。バニラビーンズのような甘い匂いをまとった煙で、頬に当たると冷たい。  私と白馬の横を徐々に通り過ぎていく鉄道。  乗客たちは皆窓の外を見つめ、宇宙空間に散らばる星々を指さしているようだった。  鉄道が見えなくなった頃、ほかの星たちと比べひときわ青白く明るい星が目に入る。 「あれは、シリウスだよ」 「えっ?」  周りには誰もいないはずなのに、どこからか聞こえる少年の声。 「誰か、いるの?」  私が問いかけると、白馬は近くの小惑星に降り立った。体から銀色の光が放たれる。  驚いた私は白馬から降りた。白馬は徐々に人の形に変貌していった。  銀色の髪だけれど、見覚えのある顔。それは紛れもない幼馴染の彼だった。 「座ろう」  彼が指さした先は、クレーターだらけの小惑星にぽつんと置かれた銀色のベンチ。  彼に言われるがままベンチに座った。  彼が得意げに「あれはカシオペヤ座で、あの星は、オリオン座のベテルギウスだよ」と言っている横で、私の肩は震えが止まらなかった。目からは無意識に大粒の涙が止めどなく流れている。  せっかく会えたのに、一番言いたいが言えない。出てこない。嬉しいのに、笑っていたいのに、涙があふれて止まらない。 「……どうして、泣いているの?」  声だけで彼が表情を曇らせているのが分かる。  だめだ、こんなんじゃ……。 「会えるなんて、思ってもみなかったから。あの時はごめん、笑ったりして。大好きな星になったんだよね」  彼は穏やかな表情で答えた。 「だから言っただろう。この髪も、星の海で染まったんだ」  得意げに話す彼を見て、思わず顔がほころぶ。  そして、ようやく言える時が来たんだ。 「ありがとう」  彼は驚いた表情を浮かべる。 「こんな私と、一緒にいてくれて……ありがとう」  彼の口角が上がる。 「そんなこと。なあに泣きべそかいてんだよ」  意地悪そうに笑う彼。 「バカ……」 「ははは。礼を言わなきゃいけないのは、俺の方かもしれないかもな。忘れないでいてくれて、ありがとう」 「また、会えるかな」 「ああ、きっと」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!