友情か、恋か。

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「そう」  直のドングリ眼から妙な光が消え、浅黒い顔全体が色付きリップの塗った唇だけが虚しく浮き上がるように生気を失った。 「何か、そうなる気はしてたよ」  相手は乾いた声で目の前に立つ自分よりも棒立ちの親友に告げる。 「(なお)」  絞り出すような実希の呼び掛けを浅黒く厚ぼったい手を振って制した。 「いいから」  大きなドングリ眼には親友に片想いの相手を奪われて失恋した傷心よりも白けた鬱陶しげな気分が滲んでいる。 「お似合いだし、そこで付き合っちゃえば?」 “そこで”の所でニキビ面の顎で煩わしげに自分の立つ方角を示した。  あれ、こいつ、こんな奴だったか?  その酷くぞんざいで投げやりな挙動にも、そんな風に指し示されたのが自分であることにも面食らう。  バカでうざいけれど、好きになった自分に対しては失恋しても敬意を払ってくれるだろうという信頼はどこかにあった。  というより、こいつが俺を粗末に扱って返す事態が起きるとは想像だにしていなかった。 「今まで貸してくれた本とかDVDとか全部送って返すから、もう話し掛けないで」  こちらの思いをよそに、小柄でずんぐりした直は自分より頭半分背の高いすらりとした実希に向かってどこか見下ろす風な顔つきで続けた。 「あれこれ優しくしてくれたけど何だかネットリして、いかにも裏がありそうで、正直うざかったんだよね、あんた」 “あんた”と蔑んだ調子で呼ばれた実希の華奢な肩にピシリと凍り付くような震えが走る。  それは傍で目にするこちらにも痛ましい光景であった。  直はもう早足で歩き出している。 ――お前らの茶番に突き合わせんな。  ずんぐりしたセーラー服の背中にはそんな百パーセントの好意が一気にゼロに冷え切った気配が漂っているようだった。  何かさっきまで自分を好きで、纏い付いて、笑顔でいたのが嘘みたいだ。 ――あんたなんかそこまでじゃないよ。  振り向く気配すらない二つ分けの赤茶けた縮れ毛の垂れた背中はそう突き放している風に見えた。  こいつはのぼせやすい分、冷えて見向きもしなくなるのも早いんだろう。  ガサツで頭の悪い奴だから、それを隠しもしない。  たった今、そういう彼女を拒絶したのは自分なのに、何故かこちらが侮辱された気がした。  ふと、目を移すと、青ざめた実希の姿が目に入った。  すっくり長い(くび)に中高な横顔をこちらに見せて、直の去っていった方角に眼差しを向けている。  そうだ、自分が最初から選んだのはこの繊細優美なお嬢さんだ。 「武宮さん」  やっと本当に二人になれた。  艷やかな漆黒のポニーテールが垂れたセーラー服の華奢な肩に手を伸ばす。  その瞬間、棘を含んだ声が響き渡った。 「触んな」  相手は男のような口調で言い放つと、雪白の手でこちらの手を振り払う。  え……?  さっと空の掌に薄ら寒い空気が通り過ぎた。 「私はあなたには何の興味もありません。はっきり言って、嫌いなくらい」  銀縁眼鏡の奥の端正な瞳は汚いものでも目にしたように底に冷たい蔑みを含んでいる。  思わず背筋が凍り付いた。 「いっつもジロジロ値踏みするみたいに私らを見てきて本当に気持ち悪かった」  見透かしたような、ゾッとするような笑いが人形めいた顔に浮かんだ。 「直の好きな人だから何とか付き合って欲しかっただけ」  吐き捨てる風に語ると、蒼白い顔にひび割れるような痛みが走った。  そう思う内にも相手は真っ直ぐな黒髪のポニーテールを揺らして駆け出した。 「直! 待って!」  何と必死な声だろう。 「置いてかないで!」  走り去った直を追う実希の声には涙が滲んでいる。  その叫びに既に傷を受けた胸をいっそう深く刺された。  実希は最初から直しか眼中になかった。  たまたま直が追い回したのが俺だったから、おまけでこちらも視野に入ったに過ぎない。追い払いたい邪魔者として。  俺が実希を好きな気持ちより、そして、直が俺を好きだった気持ちより、実希が直を好きな気持ちの方が恐らくはずっと深いのだ。  呼び出されたのに一人取り残されてしまった公園でひやりとアスファルトの匂いを含んだ風に吹かれて苦笑いする。 「俺も結局、勘違い野郎の(がわ)だったな」 (了)
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