6人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
**
見ちょった者がおって、だいたいは分かっちょっ。
兄は言った。
同じ郷中の少年が、様子を見かけていたと言う。
(そんなら助けてくれたら良かったのに)
内心憤慨したが、誰もが兄のような振る舞いはできないのだと思えば納得できた。
「俺のことを思ってやったことだ。どうして叱ることができる」
と、小吉は言った。もう泣くな、と、琴の涙を太い指で拭った。
「兄い、琴は悔しい」
琴は訴えた。
抱いてくれる太い腕。この温かな強い右腕は、もう真っすぐには伸びない。傷跡は一生消えない。
「悔しいなら、郷中でいっばんのおごじょになれ」
小吉は言う。
悔しさで自分を磨く術は、小吉が既に体得している。
今は、どうにもならない辛さ、哀しさ、悔しさに溢れている。人に手を上げても悔しさは変わらないものだ、と、小吉は言う。
「明日、兄いと一緒に、相手の家に謝りに行くか」
小吉は言った。
琴が黙っていると「行くか」と、ちょっと怒った声になった。
「あい」
琴が頷くと、小吉はやっと笑顔になった。
**
兄の笑顔が大好きだと、琴は思う。
家族の誇りの兄は、長男なので、貧しい御前であってもおかずが他より一品多い。
だけど兄は、自分にあてがわれたものを、吉次郎の皿に放り込み、琴を呼び寄せて、口の中に入れてくれる。
小吉の食べる分がなくなってしまいますよ、と、母が言う。
桃の節句でも、ひな飾りなどない。
だけど、壁にはいつも、兄が描いたひな人形が貼り付けられていた。
どうじゃ、うちもひな祭りができたぞ、と、兄は言う。
(兄いが、そう言うなら、いくらでも頭を下げる。兄いが、そう言うなら、一番の薩摩おごじょになる)
「謝りに行くのは怖いか」
小吉がからかうように言うので、琴は「いいえ」と答えたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!