美しい雨

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「今日は、皆の新しい仲間を紹介するぞー」  今日から僕の担任になる村井先生が言った。おいで、と村井先生に促されて、僕は教室に入る。その途端、教室中の顔が一斉に僕の方を見るのがわかった。どの顔ものっぺりと表情がない気がする。でも、それは一週間もすれば解消するだろう。僕はぼんやりと、そんなことを考える。コツコツとチョークが黒板を叩く音がしたから振り返ると、村井先生が「日野晴太(ひのせいた)」と僕の名前を書いていた。 「さあ、自己紹介」  村井先生が目を細めて言った。僕は頷いて、一歩前へ出る。父は転勤が多いため、僕はこういう場面に慣れっこになっていた。中学二年生の夏休み明け。転校はこれで四回目だ。 「日野晴太です。これからよろしくお願いします」  僕はそれだけ言って、軽く頭を下げた。教室からパラパラとやる気のない拍手が起きる。 「じゃあ、席は……雨宮(あめみや)の隣に行ってくれ」  村井先生は、窓際の一番後ろの席を視線で示した。ぽっかりと空いた席の隣には、長い髪をおさげにした大人しそうな女子が座っている。あの子が雨宮さんと言うのだろう。 「よろしくね」  僕がそう言うと、雨宮さんはおどおどと視線を泳がせて俯いてしまった。まるで小動物みたいだ。随分人見知りなんだな、と僕は思った。  午前中の授業はあっという間に終わり、昼休みになった。転校生は転校初日の昼休みに安息は無いと思った方が良い。大抵は、クラスメートから質問攻めに遭うことになる。 「部活は何をやってたの?」 「前の学校はどんな感じだった?」 「彼女いるの?」  僕はそれらの質問に適当に答えていく。そうしながら、そっと隣の席を見た。クラス中が僕のところに集まっている中、雨宮さんは一人で静かに本を読んでいる。 「何読んでるの?」  僕は気になって、雨宮さんにそう訊いた。  その途端、雨宮さんはビクッと身体をこわばらせた。僕がもう一度「何読んでるの?」と訊くと、突然立ち上がり、教室を逃げるように飛び出してしまった。一体、どうしたんだろう? 僕が呆気に取られていると、クラスメートの一人が僕の腕を突いて言った。 「雨宮に関わらない方がいいぞ」 「どうして?」  僕が尋ねると、皆は困ったように顔を見合わせた。そして、ひそひそと何かを言い合い始める。何だか嫌な雰囲気だ。 「雨女なの……それも、超ド級の」  誰かがそう言った。 「超ド級の雨女?」  僕は訊き返す。すると、クラスメートたちは口々に説明を始めた。  雨宮さんは、超ド級の雨女だ。彼女が感情を昂らせると、雨が降る。プラスの感情か、マイナスの感情かは関係がない。彼女が笑っても泣いても、雨が降るらしい。とにかく、彼女の感情が揺れるかどうか。それにかかっているのだそうだ。だから、皆は雨宮さんを刺激しないように過ごしているらしい。   ――雨宮さんによって、天気が崩れないようにするために。 「学校行事がある時とか、困るんだよなぁ」 「天気予報関係なしに降るもんだから、まいっちゃうよ」 「でも、最近は雨が降ること、減ったよね?」 「だって、最近の雨宮さん、“無”って感じじゃん。自分が迷惑かけてるって、ようやくわかったんじゃないの?」  クラスメートたちが笑う輪の中に、どうしても僕は入ることが出来なかった。僕は一人、窓の外を見る。さっきまで雲一つなく晴れ渡っていた空が、今は少し曇っているように見える。雨宮さんは本当に、“無”なのだろうか?  僕は、心にもやもやとしたものが広がっていくのを感じた。
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