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冬悟は古平の生まれではない。母が入院して数年後に、父に連れられてこの町に来た。小学校四年の秋だ。転入した先が、タケルと同じクラスだった。  転校初日、体育の授業でサッカーをやった。冬悟にパスがわたったとき、タケルがディフェンスにきた。そのつもりはなかったが、ボールを守ろうとする動きと前進の勢いで、タケルを突き飛ばすかたちになった。危険な行為ではなかったし、当然、笛も鳴りはしなかった。にもかかわらず、フィールドに異様な緊張が走った。 「謝りに行ったほうがいい」  ハーフタイム、味方からそう言われた。意味がわからなかったから謝らなかった。 「後悔するぞ」  そう言われて始まった後半、叫んでも走っても、冬悟のところにボールは来なかった。主審の視界の外では小突かれ、蹴りつけられた。相手チームからばかりではない。フィールド全体が敵になっていた。  転校生がタケルに怪我をさせようとした、次の授業が始まる頃には、そんなうわさがクラスじゅうにひろまっていた。誰も冬悟に話しかけなかった。転校生など存在しない。クラス全員がそのように振舞った。  謝れ。  下校時間、靴箱を空けると、そんなメモが出てきた。一つや二つではない。三十数枚のメモの一つ一つに、  謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。  そう書いてあって、肝心の靴がなくなっていた。  冬悟は上履きのまま帰った。  それ以後も、謝罪も弁明もしなかった。  無視と嫌がらせは、翌年のクラス替えまで続いた。    タケル自身に何かされたわけではない。タケルと直接話したこともあまりない。それに昔の話だ。だから、今のタケルがどんな男なのか、本当は冬悟は知らない。容姿端麗、頭脳明晰、女にモテて、学校からも信頼され、少し不良っぽい格好をしてもおおめに見られている、そういう外面のことを聞き知っているだけだ。  ほろ香には人を見る目があるはずだった。だから、タケルとほろ香がつきあっているというなら、あの男にも少しはいいところがあるということなのだ。冬悟はそう期待し、そう信じようとしていた。
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