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翌日、ほろ香は学校を無断欠席した。
冬悟が知る限り初めてのことだった。前日にほろ香とタケルが一緒だったことは知れ渡っていた。
「何、まだデート続いてんの?」
「ちょっと、冗談でも許せないんですけど」
「そうよ、変な噂流すのやめてよね。タケル君があんな女とくっつくわけないでしょ」
「信者さんたちがなんか言ってるぜ」
「冬悟、おまえとしてはどうよ」
「うるせえな。俺に何の関係がある」
「あらあら、無理しちゃってまあ」
「おい、タケルくんのほうは登校済みだってよ」
「え、じゃあ、ほろ香は何してんの」
「やっぱり釣り合わないって思い知ったんじゃない? それで恥ずかしくて学校これないのよ」
ホームルーム前の教室は噂話に沸き立っていた。
ほろ香の家に電話してみた。一コールでつながったが、出たのはほろ香の母で、さらに嫌な話を聞く羽目になった。
ほろ香はタケルと出かけた後帰ってきていないという。タケルに尋ねると、「ひかりの環」の研修センターで修行しているという。本人と話がしたいというと、研修中は外部との接触は禁止されていると答えたそうだ。
信じがたい話だった。
ほろ香の父は、直接研修センターに出向き、ほろ香と会わせるよう交渉中だという。
拉致監禁。
洗脳。
そんな単語が頭の中を閃き、粘っこい汗が背中を伝い降りた。
「そんなバカなことが」
頭を振り、独り言をつぶやいていた。隣の席の汐見文月が、心配そうにこちらを見ていた。そういえば、文月だけは噂話に参加していない。
「大丈夫だ」
ぎこちなく微笑み、意味のないことを言った。
文月は黙って冬悟の襟のあたりを指差す。
触ってみると、指先が濡れた。ひどい冷や汗をかいていたらしい。
文月の差し出すハンカチを断り、自分ので拭いた。
次の休み時間、タケルのクラスまで廊下を走った。教室に飛び込むなりタケルの席に詰め寄ろうとしたが、何人もの取り巻きに前をふさがれた。
「おまえ、ほろ香に何をしたんだ」
タケルをおまえ呼ばわりする者は上級生にもいない。とりまきのひとりに乱暴に肩を突かれた。タケルはそれを制し静かな声で、
「俺は知らない。俺と別れたあと、いとこと会ったらしい。それから先のことは俺にはわからない」と言った。
「いとこだって?」
「古平支部の代表だ。俺を弟みたいに思ってるから、ほろ香がどんな娘か気になったんだろう」
「じゃあ、そいつはほろ香に何をしたんだ」
「サキミタマさまだ、言葉に気をつけろ!」
別のとりまきが、低くおどしつけるように言う。
「知らない。もうそう言ったよな。知っていたとしても、お前に話す義理はない」
「ふざけるな。ほろ香を返せ。自由にしろ」
「もう帰れ、次の授業が始まる」
「おまえ、ほろ香と付き合ってるんじゃなかったのか。好きだったんじゃなかったのか。おまえはそれで平気なのかよ、おい」
「早く出て行ってもらえ」
取り巻きたちにむかって、吐き捨てるようにタケルは言った。最後まで冬悟の目を見ようとしなかった。
悪いことが起こるときには前兆がある。肩に冷気のかたまりのようなものが乗っているような、冷たく重い、不快な感覚だ。ひどい肩こりや頭痛、疲労感に悩まされるそんなとき、幻覚や幻聴に襲われることもある。母もそんなふうにして正気を蝕まれていったのだろうか。校舎を出ると、三風谷の白い塔が絶え間なく何かをささやいている。空が紫色に脈打っている。
学校を出てどこに向かおうとしていたのか、冬悟はわからなくなった。その場にうずくまり、頭を抱えた。上体をゆすりながら、意味のない事をつぶやく。数学の公式、元素記号、なんだっていい。つぶやく声がだんだん大きくなっていく。わかっていても止められない。
肩を叩かれた。乱暴にその手をふりはらってから我に返った。見上げると汐見文月が、隣にたって缶コーヒーをこちらに差し出している。
「雪」
文月が一言云った。いつのまにか降りだしていたらしい。腕も肩も頭も白いもので覆われていた。立ち上がり、払い落とした。少し冷めたコーヒーを受け取り、一息で飲み干した。
「ありがとう、助かった」
そう言うと文月は、たいしたことはしていない、というように首を振った。不快そうな一瞥を三風谷の白い塔に向けると、「戻ろう」、腕時計を指してそう言った。いつのまにか、授業が始まっていた。
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