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フチに付き添ってユックレップに行った。フチというのはアイヌ語で「おばあさん」程度の意味の敬称だ。文月の祖母にあたるそのフチは霊能を持った本物のトゥスクルで、古平の衆の間でただ「フチ」といえば汐見のフチ、その人のことを指した。昭和の時代の、沙流川ダム建設反対闘争の指導者で、近隣のアイヌばかりでなく、ダム闘争のときに乗り込んできた左翼の活動家や議員のあいだにも影響力を振るっていた。
オジの運転する車の中、文月は目的の場所へと注意を集中する。ユックレップ店内に集まった男衆の会話を聞き取ることができる。
ほろ香のお父さん、マスターがいる。制服のズボンを腰で履いているようなガラの悪い学生たちが隅のテーブルで騒いでいる。カウンターにいるのは左翼崩れやアイヌの運動家、フチの手下と言っていい男たちだ。誰と誰が話しているのかまではわからない。
「……それってラチカンキンじゃねえの」
「拉致はしてないし、監禁してるのかどうかはわからんだろう」
「駐在は何て?」
「今言ったとおりですよ。行方不明でも無いし、本人の意思に反して帰って来れない証拠が無いなら、警察としては動きようが無いって」
「つかえねーな、あのおっさん」
「何かあってからじゃ遅いんだけどな」
「やめてください、何かって何ですか」
「だってあの団体、内地でも事故起こしてるらしいじゃないですか。修行中に何かのやりすぎで病院送りになった信者が何人もいるらしいっすよ。ほら、ここは教団の敷地の中に病院があるから表にでにくいけども」
「だから、何かってなんなんですか」
「ほら、あるじゃない、シャクティパットとかさ。イニシエーションとかいって、薬物与えて変なとこに閉じ込めて幻覚見せて洗脳するやつ」
「それはオウムとかでしょ。いくらなんでもそんな……」
「とにかく、役場も警察も丸め込んでるからね、あの連中は。オウムとは違うったって、あんだけ金を持ってて汚いことしてないわけがないじゃない」
「とにかく、親に黙ってそんなとこに行って何日も帰ってこないなんて、あの娘の意思のはずは無いんです」
「わかってるさ。だからみんなで何とかしようって、こうして集まってるんじゃないか」
車が店の前に着いた。フチの手を引き車を降り、店のドアを開ける。霊力で聞いていた声と耳からの音声が重なり、束の間のあいだ何もわからなくなる。
「大丈夫? フチ」
「ちょっと騒がしいね」
男衆の一人が学生たちに向かって怒鳴る。
「おまえら、高校生がこんなとこでいつまでも油売ってんじゃねえ。勉強しろ、勉強」
「すいませーん」
と生返事が返って来るが、静かになったのはほんのひとときのことで、学生たちは席を立つ様子もない。フチがひょこひょこと彼らの方に歩いていき、ほとんど見えぬはずの目で彼らを睨みつけ、言った。
「同級生が信者の奴らに拉致されて洗脳されようとしてるんだろ。おまえたち、ちっとは男を見せな。町で強引な布教活動はしないって、昔からの取り決めをあいつらは破ったんだ。力はありあまってるんだろ、思い知らせてやんな」
フチの言葉のあとに、ふわりと霞のような静寂が漂った。
少年たちは静かになった。互いに目を見合わせることも言葉を交わすこともなく立ち上がると、ぞろぞろと店を出て行った。
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