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 冬悟は苛立っていた。カラオケボックスのその部屋に立ち入る前から、霊能の高まりに六感を擾乱されていた。乱暴に扉を開け放つと、タバコのヤニの臭いとともに、異様な光景が視界に飛び込んでくる。おとなしそうな男子生徒がテーブルの上にパンツ一枚の姿で立って、音楽にあわせて、踊っていると言うか、不器用に身体をくねらせている。満面の笑みが顔に張り付いているが、皮膚には鳥肌が立っているし、目には怯えの色しかない。残忍そうな笑い声が頭の中にがんがんと響く。霊感によるものなのか、現実の声を聞いているのか区別がつかない。  こいつらは、こんな場に文月を呼び寄せるつもりだったのかと思うと鳥肌が立つ。  端の席に座っていたガタイのいい男がようやく冬悟に気づき、立ち上がった。 「汐見を呼んで何させるつもりだったんだ」  怒りなのか何なのか、腹の底に冷え冷えとしたものを感じながら、冬悟は言う。 「おまえ、今朝も会ったっけな」  質問には答えず、相手はニヤニヤと笑っている。 「俺はよ、お前みたいなガキがけっこう好きなんだよ。な、サシでやらねえか。河岸変えてよ」 「おまえに用はねえよ」  相手の肩を、手の甲でゆるく押しのけた。それだけのはずだったが、相手は電撃を受けたような声を上げた。大げさにとびのいて肩をさすっている。 「悪いな、今日は身体の調子がおかしくてな」  すごんで見せたが、冬悟自身何が起こったかわかってはいない。母譲りの力が何かのかたちで発動したのだろうと思うだけだ。  改めて室内をねめまわした。  テーブルの上の少年も含め、男が五人、タケルの両脇に女が二人。みんな凍りついたようになってこちらを見ている。テーブルの上に乗って、タケルの真正面に立った。 「よお、楽しそうじゃないか」 「おまえ、誰だっけ」  まじめ腐った顔でタケルが尋ねる。本当に憶えていないのかもしれない。 「おまえにも用はないんだ。ほろ香の居場所を教えてくれさえすればな」 「知らないんだよ」 「知らないじゃすまさねえよ」 「ちょっとの霊能を鼻にかけてんじゃねえよ」 「その、いとこってのは何処にいる。そいつとつなぎをつけてくれれば、おまえには『触らないで』おいてやるよ」 「いいぜ。『ほんもの』ってのがどれくらいのものか、その身で体験してみりゃいいさ」  タケルはそう言って携帯を取り出した。 「車を一台回してくれ……いや、そうじゃない。貝沢ほろ香の友人だと言って、サキミタマ様のところに一人送って欲しいんだ……そうだ、ただ運ぶだけだ。後のことは考えなくていい……じゃあ、頼んだぞ」  外で待っていれば、例の黒塗りの車が迎えに来てくれるらしい。黙って部屋を出て行こうとすると、背後から声がかかった。 「おまえの母親は精神病院にいるんだってな。 いろいろ知ってるぞ。おまえもそのうち同じになる。残念だよ」  冬悟は振り返らなかった。顔を見たら殴ってしまいそうだったからだ。 「おまえのこと、よく知らなかったんだがな」陰惨な笑みを浮かべながら、 「――思ってたとおり、嫌な奴だな」  そのままふりかえらず、後手にドアを閉めた。
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