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実際、内線を鳴らして部長室へ呼び寄せることも考えたのだが、用件は至極私的なこと。
ならば、と思い直してスマートフォン内のメッセージアプリを起動して、羽理に『何かあったのか?』と一言送ってみるに留めた大葉だ。
本当は〝さっきの挙動不審な態度は何だ!?〟とか〝倍相と何かあったのか!?〟とか……問い詰めたい思いは溢れんばかりにてんこ盛りなのだけれど、グッと押さえての、あえての八文字。
羽理には、頑張った自分を評価してすぐさま安心させて欲しい。
なのに――。
待てど暮らせど送信したメッセージは既読にならず、もちろん返信のメッセージが送られてくる気配もない。
出掛けなければいけない時間は時々刻々と迫っているというのに!
まぁ勤務時間中にプライベートの携帯を見ないと言うのは社会人としては褒めるべきところなわけで。
だが、今日ばかりはそんなクソ真面目な羽理のことを、恨めしく睨み付けても構わないだろう?と思ってしまった大葉だ。
大葉はモヤモヤを抱えたまま、淡々と出かける支度をこなしていく。
いくらプライベートで気になることがあっても、出張は相手のある仕事。
約束の時間に遅れるわけにはいかないのだ。
そう思いつつもずっと……効率悪くも机上に置いたままのスマートフォンの画面を睨み付け続けてしまうのくらいは許して欲しい。
そんな大葉のそわついた心をあざ笑うかのように、結局羽理からの返信はないまま時間切れになった。
***
「あ、あの……倍相課長……」
仁子が化粧ポーチを片手に「ちょっとメイク直ししてくるね」と席を空けて程なくして。
羽理は〝言うなら今しかない!〟と意を決して岳斗の元へと近づいた。
「ん? 何か問題でもあった?」
のほほんと春風をまとった雰囲気で岳斗が問い掛けてくるのを見て、羽理はごくっと生唾を飲み込んで――。
「きょ、今日のランチのことなんですけど……」
身体の前で束ねた手を、ギュッと握って用件を切り出した。
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