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「荒木さん、ちょっとこっちへ」
少し離れた課長席に座る岳斗から呼ばれた羽理は、上司から「もしかして体調悪い?」と問い掛けられて、しゅんとうなだれた。
別に熱があるとかそういうわけではなかったのだけれど、岳斗にも気付かれたように今の羽理は全く役に立たない。
羽理は少し考えて、十五時前と言うとっても中途半端な時間ではあったけれど、有給休暇を取らせてもらって早退することにした。
何だかよく分からない感情にかき乱される自分の不甲斐なさが嫌で嫌でたまらなくて……ブルーな気持ちのままノソノソと帰り支度をしていたら、仁子から小声で「大丈夫? もしかしてランチタイムに課長と何かあった?」と顔を覗き込まれて……。
仁子からの優しい声掛けに、羽理は何故だか分からないけれど、鼻の奥がツンとしてジワリと涙がこみ上げてきてしまう。
もちろん、何かがあったのは課長と……ではない――。
真っ先にそう返すべきところを羽理が気付けずにスルーしてしまったのは、平常心ではなかったからだろう。
そればかりか――。
「約束……したのに……あっさり破られ、たの……。向こうから……言って、きた、くせに……」
小さな声で途切れ途切れに言ったら、仁子が「えっ? どういうこと? 課長とのランチ、行けなかったの?」と聞かれて。
「あ……」
さすがにそうじゃない、と続けようとした羽理だったのだけれど、ちょうどそこで岳斗が「法忍さーん、ちょっといいかな?」と仁子に声を掛けてきたから。
私語で上司からの呼び出しを無視させるわけにはいかなかったので、羽理は淡く微笑むと、仁子を岳斗の方へとうながした。
(仁子のことだもん。どうしても気になったらきっと、課長にだってランチのこと、確認しちゃうよね?)
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