22.朝チュンではないけれど

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「ん……。分かった」  羽理(うり)はそんな大葉(たいよう)の必死な訴えを恥ずかしそうに短い言葉で受けると、まるでその空気を一新したいみたいに言うのだ。 「――ね、ところで大葉(たいよう)、お料理中じゃなかったの?」  羽理のちょっぴり釣り気味で愛らしいアーモンドアイが、大葉(たいよう)が手にしたフライ返しを見詰めている。 「あ、あぁっ! そうだ。朝飯にオムライス作ってんだ。食うだろ?」  フライパンの中に放置してきた卵液は、余熱でどのくらい固まってしまっただろうか? (火ぃ通り過ぎてたら俺のだな)  そんなことを思いながらキッチンの方をちらりと気にしたら、腕の中の羽理が「オムライス!」と嬉しそうに声を弾ませた。 「私、実は今朝、オムライスの夢見たんですっ! すごぉーい! 正夢になりましたっ!」  内側から布団の合わせ目をギューッと掴みながら勢い込んだ様子で身体を揺らせる羽理に、大葉(たいよう)は心の中で(ああ、知ってる。……寝言で思いっきり言ってたからな)と返したのだけれど。 「やーん。なんか以心伝心みたいで照れますねっ」  ふふっと恥ずかしそうにフニャリと頬を緩められたから(たま)らない。 「た、たまたまだ、たまたま。……バカなこと言ってないでとりあえず風呂入ってこい。湯、溜めてあるから」  大葉(たいよう)はふぃっと羽理から視線を逸らせてしどろもどろ。  『お前の寝言を聞いたからだ』と、種明かしをするのは何だかもったいない気がして。  かと言ってキラキラした目で自分を見上げてくる羽理の視線を真っ向から見詰め返せるほど、嘘が上手くもない大葉(たいよう)なのだった。 ***  ヨロヨロとゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいなぎこちない足取りで風呂へ向かった羽理(うり)が、同じく歩き始めたばかりの幼子のようなたどたどしい脚運びでリビングへ戻ってきたのを見て、大葉(たいよう)はソワソワしてしまう。
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