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だが当然のこと、大葉に聞こえていたのは羽理の声のみだったわけで……。
(もしかしたら羽理のやつ、何かやらかしたか?)
何せ相手は奇想天外娘の羽理だ。その可能性は十分にある。
大葉はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るスマートフォンを耳に当てた。
「もしもし……?」
***
「ちょっと部長! 何で羽理、あんなにズタボロになってるんですか!」
もしもし?と電話口から屋久蓑大葉の声が聞こえてくるや否や、仁子は話そうと思っていた会話運びの算段をすっ飛ばして、恨み節を投げ掛けずにはいられなかった。
本人は言わなかったし実際に見たわけじゃないけれど、羽理は絶対相当肉体的なダメージを受けているに違いないと仁子は確信している。
(でなきゃ責任感の強い羽理が、二日も続けて休みたいだなんて言わないはずだもん!)
もしかしたら、屋久蓑部長相手にこんなに強気に出てしまったのは、会社で聞くより彼の声が気持ち緊張しているように感じられたからかも知れない。
(いやいやいや! だからって油断は禁物よ、仁子!)
何せ相手はあの機械仕掛けみたいな印象の、鬼部長様だ。
間違いなど犯そうものなら、論破されて完膚なきまでに叩きのめされてしまう懸念がある。
屋久蓑大葉という男――。羽理と一緒にいるときにはほわりと身に纏う空気感が和らいでいる気がするけれど、それはあくまでも恋人への特別仕様かも知れない。
そう思って気を引き締めた仁子だったのだけれど、このところ屋久蓑部長の雰囲気が変わってきているのを肌で感じているのもまた事実なのだ。
以前は業務上で用事がない限り、他の社員のことなんて眼中にない感じでスルーだったのが、結構な頻度でフロアに顔を出すようになった。
それじゃあ、とすれ違う際「おはようございます」と声を掛けてみれば、驚いたように「おはよう」と返って来るようにもなった。
これまでは、せいぜい偉そうにうなずく程度だった屋久蓑大葉を知っている仁子からすれば、かなりの変化だ。
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