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「じゃあ、行ってくるからな」
大葉のマンション玄関先で、キュウリみたいに愛らしい黒目がちの目でこちらを見上げる羽理の頭を、半ば吸い寄せられるようにヨシヨシと撫でたら「わ、私、犬じゃありません!」と跳ねのけられてしまった。
そのはずみ、どこかが痛んだのか、「はぅっ」と悲鳴を上げて壁に寄り掛かる羽理を見詰めつつ……。
(な、何で犬だと思ったのがバレたんだ!?)
なんて思った大葉だったけれど、そういう、自分からは寄ってくるくせに、こちらから触れると威嚇してくる猫みたいなところも可愛いぞ?と思って思わず口元がにやけそうになる。
(俺も相当重症だな)
それを堪えながら「なるべく早く帰って来る」と付け加えたら、羽理が壁に手をついてそろそろと身体を起こしながら「お、お腹を空かせて待ってます……」と、さも待っているのは夕飯だと言わんばかりに答えてきて。
大葉は(照れ隠しだろうか?)と思ってしまう。
そんなところも何だか愛しくて……「ああ、期待して待ってろ」と、つい声を弾ませてしまったのだけれど。
途端、羽理の背後でキュウリを抱いて立っていた姉の柚子が、「はぁぁぁぁー」とあからさまに大きな溜め息を落とした。
「ちょっとちょっとぉー。私とキュウリちゃんってば、朝から何のメロドラマを見せられてるのかしらね!?」
「う、うっせぇ!」
柚子の指摘に、真っ赤になってうつむいた羽理を守るみたいにギュッと腕の中に閉じ込めたら、急に抱き寄せられて足だか腰だかが痛かったんだろう。羽理が「にぎゃっ」とうめいて。
それを「すまん」となだめつつも、大葉は懸命に姉を牽制した。
だがそうしながらふと見詰めた先――。
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