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会社に着いた大葉は、建物を見上げて気持ちを引き締めるようにギュッとネクタイを締め直した。
いつもより一時間ばかり遅れての出社だ。
朝一で出張などがあれば別だが、全くの私用で遅刻することはほとんどなかったので、何となく緊張してしまう。
だが、それを他者に気取らせるわけにはいかない。
自分はここ――土恵商事では、一応役付きなのだ。総務部長としての威厳というものはある程度必要だろう。
「おはよう」
「おはようございます、屋久蓑部長」
遅刻してきたことなんて何でもないことのように、受付女性にいつも通りの義務的な挨拶をして、ついでのように「社長は在社かな?」と問い掛ける。
「はい」
「分かった。有難う」
大葉がふっと表情を緩めて礼を述べた途端、受付嬢が驚いたように瞳を見開いた。今までの屋久蓑部長ならば、「分かった」のみだったはずのところに、期せずして「有難う」と付け加えられたことに驚いたのだ。
大葉は自分の変化にも受付嬢の驚きにも気付かないまま、くるりと踵を返すとエレベーターホールへと向かう。
大葉は頭の中、一旦自室のある四階へ上がって、荷物などを片付けてから社長室へ出向くか、などとこれからのことを算段している真っ最中なのだ。
そこでふと、昨夜羽理のアパートで対面した倍相岳斗のことを思い出した大葉は、我知らず吐息を落とした。
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