25.土井恵介という男

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「彼は屋久蓑(やくみの)部長とは真逆と言うか……人当たりも良ければ男女問わず受けもいい。だけど不思議なくらい異性絡みの浮いた話を聞かない。それが逆に僕には不気味に思えてね。――課長時代、女性関係はもちろん、同僚たちとの間でも色んなトラブルに巻き込まれてどんどん仏頂面(ぶっちょうづら)になっていったキミとは本当に正反対だよね」  そうなのだ。  大葉(たいよう)だって、入社当時は今ほど他の社員らとの間に線引きをして過ごしていたわけではない。  だが、顔見知りとすれ違う際、社交辞令でちょっと愛想よく微笑んだだけで、女性たちから幾度となく勘違いされ付きまとわれて。  それを見た同性の同僚たちからは『顔がいいからとすぐに色目を使うやつだ』と非難されて本当に辟易(へきえき)したのだ。  結果、段々無愛想になっていった大葉(たいよう)は、必要最低限の会話しかしない取っ付きにくい人間だと言うレッテルを貼られてしまった。  それでも仕事だけはがむしゃらに頑張ったから。  入社して八年――。  同期の中で異例の出世を果たした大葉(たいよう)は、三十になる年に財務経理課長へ就任したのだ。  もちろん実力でのし上がっただけで、伯父の力は一切借りていないし、恵介伯父は身内だからと言う理由で、そういうエコ贔屓(ひいき)をするような甘い人間でもなかった。  入社時にも他の社員同様きちんと入社試験や面接試験を通過(パス)して、正規の手順(ルート)土恵(つちけい)商事へ入社した大葉(たいよう)としては、後ろ暗いところなんてひとつもなかったのだが。  社長の(おい)だと知られれば、あることないこと言う人間がいるのも分かっていたから。  そこは公言すまいと心に誓っていた。  母方の伯父とは苗字も違うし、黙っていれば血縁だと知られることもないはずだった――。  だが、ちょうど大葉(たいよう)が課長に昇進して間もない頃のことだ。  大葉(たいよう)縁故(えんこ)入社した上、異例の速さで出世を遂げたのだというガセ情報が、どこからともなく流れたのは。  真相はどうであれ、大葉(たいよう)が社長の甥っ子であることは(まぎ)れもない真実だったから……。
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