26.持つ者と持たざる者

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***  朝からの雨ならば長ぐつを履いて登校していたところなのだが、家を出る時は大丈夫だったので、岳斗(がくと)はその日お気に入りのスニーカーを履いて学校へ行っていた。  それがびしょ濡れになって、靴下まで染み込んだ雨水がぐちゅぐちゅと靴の中で不快な感触を伝えてくる。  傘をさしていても意味があるのかないのか分からないなと思いながら、首へぶら下げた家の鍵を服の上からギュッと握ったところで不意に声を掛けられたのだ。  さして大きな声で話しかけられたわけではなかったのに、その声には聴く者の意識を一気にさらうような力があった。  小学四年生の岳斗の学年は、その日講堂に集まって二分の一成人式の式典を保護者らに見せることを参観内容にしていた。だが、岳斗の母親は仕事が忙しくて来られなかったのだ。 『ごめんね、岳斗』  そう言ってギュッと岳斗を抱きしめてきた母に、『大丈夫だよ』と健気(けなげ)に答えた息子へのせめてもの罪滅ぼしだったんだろうか。  その日の朝食は、朝っぱらから岳斗の大好物のハンバーグで……デザートにはプリンまでついていた。  そんなくだらない情報までセットになって、あの日のことはやけに鮮明に覚えている岳斗なのだ。  いきなり名前を呼び掛けてきた声の主を、傘を傾けて胡乱(うろん)げに見詰めた岳斗へ、男はにこりとも笑わず何の前置きもなくいきなり「私はお前の父親だ」と言って、窓越しに岳斗を手招きした。 (あれ? この人……)  知らない男だと思ったけれど、実際は初対面ではなかった。  二分の一成人式の式典の際、用意された折り畳み椅子へ所狭しと腰かける保護者達の後方。  スーツ姿でただ一人、どこか異質な雰囲気を放ちながら立っていた男がいたのを、岳斗は覚えていた。  遠すぎて顔まではハッキリ見えなかったけれど、岳斗は何故か車内の男を見て、瞬時に(あの時の人だ……)と確信したのだ。
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