26.持つ者と持たざる者

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 誰のお父さんだろう?と思いながら、お母さんに来てもらえないとき、よそのお家ならお父さんという選択肢もあるんだな?とぼんやり思った岳斗(がくと)だったけれど、彼が岳斗の父親だとするならば、もしかしてあれは自分のことを見に来ていたのだろうか?  大粒の雨が容赦なく叩きつけてくるなか手渡された小さな紙きれには、子供だった岳斗でも知っているような大企業の名が印字されていた。  その社名の横、ひときわ存在を誇示(こじ)するみたいに『代表取締役社長 花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)』と書かれたその名刺と、自分によく似た面差しをした男の容姿をまじまじと見比べた岳斗は、名乗られるまでもなく目の前の男は死んだと聞かされてきた自分の父親だと思い知らされた。  だって……。 (そっか。母さんは僕の名前をこの男性(ひと)の名から一字取ってたんだ……)  日頃女の顔なんて微塵(みじん)も見せなかった母親の中に、眼前の男への恋着のようなものを感じ取って、やけにゾクリと寒気がしたのを覚えている。  何が原因にせよ、男と別れることを決めたのなら、子に男の名から一字入れるだなんて未練がましいことをしないで欲しかった。  それと同時、 『お母さんね、お父さんにそっくりの岳斗のお顔が大好きなのよ』  そう言ってはしょっちゅう岳斗の頬をスリスリと愛し気に撫でてきた母親の手の感触がまざまざと蘇ってくるようで、岳斗は今まで純粋に自分に対する愛情だと思っていたものが崩れていくのを感じて、思わず傘を握る手にギュッと力を込めた。  ツツツ……と頬を撫でる母親からのソフトタッチを想起させたのは、傘から滴り落ちた雨だれが肌を伝っている感触だった。 (お母さん、僕はこの男性(ひと)の身代わりですか?)  涙なのか雨なのか分からない水気に濡れた息子の顔を冷めた目でじっと見下ろしながら花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)が事務的な声で淡々と告げた。 『倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)くん。キミには私の息子として、今日からうちで暮らしてもらう』
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