26.持つ者と持たざる者

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***  若い頃は家柄と金、そうして恵まれた容姿に()かせて様々な女と遊んできた花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)だったが、家業を継ぐことになり、家格・財力ともに伴侶として申し分のない娘・麻由(まゆ)と婚約したのを機に一度、女性関係をリセットした。  そうなる以前に付き合っていた女の数なんて覚えていないが、今目の前にいる、自分によく似た容姿を持った子供の母親のことはよく覚えている。  両親を早くに亡くしたという倍相(ばいしょう)真澄(ますみ)という女は天涯孤独の身の上だったからか、やけに貧乏臭いところがあった。だが逆にそこが新鮮で……とにかく家事能力の高いところが、そういうものとは無縁の岳史(たかふみ)にはやけに新鮮に感じられたのだ。  真澄は見た目もそれほど悪くなかったから、世にいう〝家庭の味〟とやらが恋しくなった時に呼び出しては遊んでやっていた。  だが、遊びで手を出すには真澄という女はやけに執着心が強く、それが怖いくらいに鼻につく女で――。  岳史(たかふみ)の父親が庶民には破格の手切れ金を提示して息子との別れを迫っても、(がん)として首を縦に振らなかったらしい。  当時父親から『遊ぶ女は選べ』としつこく言われたから、この女のことはやたら鮮明に記憶にこびりついたのだ。  だが、ある日を境にびっくりするぐらいあっさりと――それこそ手切れ金すら受け取らず――真澄は岳史(たかふみ)の前から姿を消した。  今思えば、あれは自分の子を身ごもったことが分かったからだったのだろう。  (はら)の子を理由に結婚を迫ってこなかったことは褒めてやってもいい。  だが――。  せっかく鳴り物入りで手に入れた申し分のない妻だったはずの麻由(まゆ)との間にはどうしても子が出来なかった。  調べてみれば麻由の側に原因があったのだが、治療を重ねても一向に子は出来ず、費用とストレスだけがかさんでいった。  今や麻由も五十路(いそじ)が近い。  恐らく、彼女との間に子を成すことは不可能だろう。
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