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『真澄。何故キミが今ここにいる? 今日は納期の差し迫った仕事をキミの課へ山積みにするようそちらの勤め先へは圧力を掛けておいたはずなんだがね。もしかして職務放棄してきたのかい? やれやれ……。元々そんなに手取りもないくせにそんなことをしていて、私の息子にまともな生活がさせてやれるのか?』
その言葉とともにあからさまに落とされた侮蔑まじりの吐息が、雨音をすり抜けるようにして岳斗の耳にも届いて、それが物凄く不快だった。
今日、お母さんが自分の参観に来られなかったのは、この男のせいだったのだ。
『ですから! 岳斗は岳史さんの子ではありません! 確かに私が不甲斐ないせいでこの子には不便な想いをさせてしまっているかも知れません。ですが……そんなの、他人のあなたには関係ないことです!』
母はそう告げると、オトウサンとやらが発した『そんな嘘が通用するとでも?』という言葉を無視して岳斗の手を引いて足早に歩き出してしまう。
スーツ眼鏡がそんな自分たちの行く手を阻むように立ち塞がったけれど、母はひるまずその男に『退いてください。これ以上しつこくなさるのなら、この子の親権者として警察を呼びますよ?』と脅しをかけた。
岳斗は道端に転がった大小ふたつの傘を気にして振り返ったけれど、母親はそんなものに頓着する気はないみたいに岳斗に歩くことを促してくる。
傘は失くしてしまったけれど、あの日そんな母の背中を見詰めながら、岳斗は確かに幸せだったのだ。
なのに――。
***
それからわずか三ヶ月後。
母親は態度を一変させて、岳斗に花京院家の養子になるよう説得してきた。
『ごめんね、岳斗。お母さん、お父さんに言われて気が付いたの。ふたりでいたら、岳斗もお母さんも幸せになれないなって』
以前あの男が岳斗をさらいに来た時、母は一線を引くみたいに彼のことを〝岳史さん〟と呼んでいたはずだ。
なのに涙ながらに〝お父さん〟と言いながらさよならを告げてきた母に、岳斗はお母さんに捨てられたと思って彼女を恨んだのだ。
けれど――。
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