26.持つ者と持たざる者

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 花京院家(かきょういんけ)の子になって一年ちょっと後、母が癌で亡くなったと風の噂に聞いた岳斗(がくと)は、あれがお母さんからの精一杯の愛情だったのだと思い知らされた。  きっと岳斗にあの言葉を発した時、母は自分の余命がそんなに長くないと知っていたんだろう。  まだ一人で生きていくには幼すぎた息子を、母は泣く泣く父親である花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)に託したのだ。  どんなに貧しい暮らしをしていても、一度も岳斗(むすこ)をだしに花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)を頼らなかった母が、最期にそこを頼らざるを得なかったのは、どんなに心苦しかっただろうか。  そう思った岳斗だったけれど、今更それを知ったからと言って、自分に独り立ちするだけの生活力がないのもまた事実だったから。  岳斗は聞き分けのいい跡取り息子を演じながら、夫のいないところで自分を周りには気付かれないような陰険な方法で虐めてくる継母(ままはは)花京院(かきょういん)麻由(まゆ)の嫌がらせにも耐え続けた。  岳斗の背中や上腕、それから臀部(でんぶ)や太もも付近には今でも無数の小さな(あざ)が残っている。  それらはすべて麻由にやられた傷跡だが、岳斗はそれを岳史(オトウサン)には決して見せなかった。  これ以上父親の威光に縋るのはごめんだったし、それを知られることで表面上は良い義母(オカアサン)を演じている麻由が、その実ポッと出の岳斗(ムスコ)のことを認めてはいないのだと岳史(オトウサン)に知らせてやるのが(しゃく)だと思ったのだ。 (せいぜい嫌々ながらも自分の隠し子の母親役を演じる愚かな女を妻に(めと)ったと騙されていればいい)  麻由(あのオンナ)の嫌らしさは、岳斗だけが知っていればいいことだ。  いずれ力を付けて……これならば跡取り息子として遜色ないと思わせた時点で、花京院家(かきょういんけ)を裏切ってやろう。  そう心に誓って、岳斗は大学を出るまでの十年近い年月を耐え忍んだのだった。
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