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「杏子、この前たまたま家の前で土井さんにバッタリお会いしてな。お前の話をして大葉くんのお相手にどうかと話したら『アンちゃんなら』って言ってくださってなぁ。見合い話、大葉くんに勧めてみてくれるって約束して下さったぞ!? あ、今更だろうがこれ、今の大葉くんの写真な?」
ご丁寧に、杏子の釣書はすでに土井恵介に渡してあるらしい。
いつの間に釣書を!? と思った杏子だったけれど、父はあれだけ再三に渡って見合い話を勧めてきていたのだ。釣書のひとつやふたつ、とっくの昔に準備してあっても不思議ではないと吐息を落とした。
『たいくんが好き! 彼以外とは結婚したくない!』だなんて、埃が降り積もるぐらいの遠い過去――幼い頃に持ち合わせていた恋心を盾に、見合い話を回避しようと画策した杏子だったけれど、どうやら天は自分の味方をしてくれないらしい。
第一、実際のところ長じてからの〝大葉〟のことを杏子は知らないのだ。
小さい頃とびきりの美形だったからといって、大人になってもそれを維持したままとは限らないではないか。
(禿げてたり太ってたりしてたら嫌だなぁ)
――美しい思い出はできれば穢したくない。
後にも先にも大葉のように整った顔立ちをした男の子を、杏子は見たことがなかったから。その美しい記憶を、下手なデータで上書きしたくないな? と思ってしまった。
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