30.心配しなくていいと伝えたいだけなのに

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*** 「杏子(あんず)、この前たまたま家の前で土井さんにバッタリお会いしてな。お前の話をして大葉(たいよう)くんのお相手にどうかと話したら『アンちゃんなら』って言ってくださってなぁ。見合い話、大葉(たいよう)くんに勧めてみてくれるって約束して下さったぞ!? あ、今更だろうがこれ、今の大葉(たいよう)くんの写真な?」  ご丁寧に、杏子の釣書はすでに土井恵介に渡してあるらしい。  いつの間に釣書(そんなもの)を!? と思った杏子だったけれど、父はあれだけ再三に渡って見合い話を勧めてきていたのだ。釣書のひとつやふたつ、とっくの昔に準備してあっても不思議ではないと吐息を落とした。  『たいくんが好き! 彼以外とは結婚したくない!』だなんて、埃が降り積もるぐらいの遠い過去――幼い頃に持ち合わせていた恋心を盾に、見合い話を回避しようと画策(かくさく)した杏子だったけれど、どうやら天は自分の味方をしてくれないらしい。  第一、実際のところ長じてからの〝大葉(たいくん)〟のことを杏子は知らないのだ。  小さい頃とびきりの美形だったからといって、大人になってもそれを維持したままとは限らないではないか。 (禿げてたり太ってたりしてたら嫌だなぁ)  ――美しい思い出はできれば(けが)したくない。  後にも先にも大葉(たいよう)のように整った顔立ちをした男の子を、杏子は見たことがなかったから。その美しい記憶を、下手なデータで上書きしたくないな? と思ってしまった。
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