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(イヤだ、大葉に触らないで!?)
そう言いたいのに、喉の奥が押しつぶされたみたいに苦しくて、声が出せない。
キュウリの甲高い吠え声は、羽理にはそんな自分の気持ちを代弁してくれているみたいに聞こえる。
だってよく見てみると、キュウリは二人の周りをぐるぐると駆けまわりながらも、吠え付いているのは女性の方にだけなのだ。それが、羽理にはたまらなく頼もしかった。
「……杏子」
こちらに背中を向けていても……。キュウリがそばでワンワン吠えたけっていても……。そんなに大きな声を張り上げたわけではない大葉の声が、羽理には嫌になるぐらいハッキリと聞こえてくる。
(ねぇ大葉。ひょっとして貴方はその人と旧知の仲なの?)
低くて耳触りがいいはずの大葉の声が、酷く不快に感じられたのはきっと、大葉が彼に抱き付いている女性――恐らくはお見合い相手――のものと思しき彼女の名を、どこか親し気な様子で呼んだからだ。
「見合いの打診もらったのに……ずっと放置したまま連絡しなかったのは悪かった。言い訳に聞こえるかも知んねぇけど……俺は見合い相手がキミだって知らなかったんだ」
大葉が、言いながら杏子と呼び掛けた女性の腕をやんわり振り解いたのが見えた。
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