30.心配しなくていいと伝えたいだけなのに

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 つい今し方までは、伯父からの不用意な発言で変な期待を(いだ)かせてしまった杏子(あんず)のことを、――それこそ全く知らない間柄じゃないという気持ちも手伝って、これ以上傷付けないで遠ざけるにはどうしたらいいかと考えて行動していた大葉(たいよう)である。  だけど、今このタイミングで自分に触れてくる羽理(うり)以外の異性に()ける気遣いなんて、申し訳ないけれど持ち合わせていない。そんなことを許して愛する羽理を傷付けてしまうことの方が、羽理以外の誰かを傷付けるより何億倍も回避しなくてはいけないことに思えた。 「放せ」  杏子を腕から引き剥がしながら、自分でもびっくりするぐらい冷たい声が出て、それを聞いた杏子が(ひる)んだみたいに大葉(たいよう)から離れる。  大葉(たいよう)はそんな杏子を気遣うゆとりもないままに、今にも駆け出してしまいそうな羽理の元へと急いだ。  背後から、杏子が「たいくん!」と泣きそうな声音で呼び掛けてきたけれど、不思議なくらい罪悪感の欠片(かけら)も芽生えてこなかった。  見れば、家の前には柚子(ゆず)と母親が立っていて、大葉(たいよう)が杏子と一緒だったことに驚いているみたいに瞳を見開いていて――。  羽理はそんな二人さえ避けたいみたいに裏庭――畑の影の方へ向いて走って行ってしまう。 「羽理っ!」  そちらへ行ったからといって、(へい)(はば)まれて敷地の外へ出ることは叶わないのだけれど、それでも畑の外周に沿って逃げられてしまったら、捕まえるのは困難に思えた。  そうこうしているうちに何かの拍子、数奇屋門(すきやもん)の方へ行かれてしまったら、最悪外へ出られてしまう。
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