31.失恋のその先

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 屋久蓑家(やくみのけ)はだだっ広い敷地を持つお屋敷だから、町の外れに位置しているような錯覚に襲われそうになるけれど、実際にはそんなことはない。  料亭もかくやと思わされる立派な数奇屋門(すきやもん)をくぐり抜けて一歩外へ飛び出せば、ほんのちょっと行ったところにある大通りで、すぐに流しのタクシーを拾うことが出来てしまう。そんな立地だ。  杏子(あんず)はタクシーに乗り込むなり自分の住まい近くにある神社の名を告げて、ドライバーに涙を見られないよう窓外へと視線を凝らした。  ようやく日没を迎えた町は、あちこちに明かりが(とも)り始めていて、ポツポツと夜の様相へと変遷(へんせん)している真っ最中――。  黄昏時(たそがれどき)、というには少し光量が足りない。でも夜と言うには若すぎる。そんな時間帯なことが、杏子には少し有難く思えた。  始まってもいなかった片想いだ。  ただ、小さい頃にかっこいいと思っていた男の子に横恋慕(よこれんぼ)して、冷たく突き放されただけ。  たいくんの好みのタイプだなんて吹き込まれて、変な思い上がりをしていた杏子は、たいくんが本気で懸想(けそう)している相手への接し方と、自分への態度の違いを()の当たりにして、頭から冷水(ひやみず)を浴びせ掛けられたような気持ちになった。
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