1977人が本棚に入れています
本棚に追加
/436ページ
屋久蓑家はだだっ広い敷地を持つお屋敷だから、町の外れに位置しているような錯覚に襲われそうになるけれど、実際にはそんなことはない。
料亭もかくやと思わされる立派な数奇屋門をくぐり抜けて一歩外へ飛び出せば、ほんのちょっと行ったところにある大通りで、すぐに流しのタクシーを拾うことが出来てしまう。そんな立地だ。
杏子はタクシーに乗り込むなり自分の住まい近くにある神社の名を告げて、ドライバーに涙を見られないよう窓外へと視線を凝らした。
ようやく日没を迎えた町は、あちこちに明かりが点り始めていて、ポツポツと夜の様相へと変遷している真っ最中――。
黄昏時、というには少し光量が足りない。でも夜と言うには若すぎる。そんな時間帯なことが、杏子には少し有難く思えた。
始まってもいなかった片想いだ。
ただ、小さい頃にかっこいいと思っていた男の子に横恋慕して、冷たく突き放されただけ。
たいくんの好みのタイプだなんて吹き込まれて、変な思い上がりをしていた杏子は、たいくんが本気で懸想している相手への接し方と、自分への態度の違いを目の当たりにして、頭から冷水を浴びせ掛けられたような気持ちになった。
最初のコメントを投稿しよう!