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(私に入り込む余地なんてなかった)
父親から釣書を渡したと聞いてから、杏子は随分と長いことソワソワしながら先方からの返事を待っていた。
その間に自分でも気付かないうちに大葉への想いが募り、大きく育ってしまっていたらしい。
いきなり一方的に――それも代理の人間からお見合いを断られて、「好みのタイプだと思ったんだけど」だなんて言われたら、どうしても納得がいかなくなった。
気が付けば、そこにたいくんがいるかもどうかも分からないのに、杏子は記憶を頼りについ屋久蓑家を訪れてしまっていたのだ。
そうしたらたまたまだろうか? たいくんに会えてしまった。そのことが運命に感じられたといったら、バカだと笑われてしまうだろうか?
杏子の知る昔のたいくんは、自分が強く求めればイヤイヤながらもいうことを聞いてくれる人だったから。だから強気でいけばあるいは、なんて打算が働いたことも否定できない。
何故なら実際の彼は写真なんかよりも何倍もかっこよくて、ギュッと縋りついた彼の身体つきは、杏子が知っている子供の頃のそれよりはるかに逞しく、男らしいものになっていたから。
可能性があるならば諦めたくないと思ってしまったのだ。
***
ほぅっと溜め息を落として窓ガラスを曇らせたと同時、ふわりと自分のモノとは違う香りが漂って、杏子は思わず息を詰めた。きっと大葉に抱き付いたりしたからだ。
(たいくん……)
この想いを断ち切るにはどうしたらいいだろう?
「着きましたよ?」
不意に運転手からそう声を掛けられて、いつの間にか車が乗車時に指定した〝居間猫神社〟に着いていたことに気付かされた。
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