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杏子は指定された料金を電子決済で支払うと、ノロノロとタクシーを降りた。
視線を転じれば、自分が住んでいる十階建ての女性向けアパートが見えたけれど、何となく直帰する気になれなくて……そのままぼんやりとその場に立ち尽くしてしまう。
「え?」
と、不意に足元をやわらかくくすぐられて、何事かと視線を落としたら、丸々とよく肥えた三毛猫が足にすり寄っていた。
「ごめんね。私、何も食べるもの持ってないの」
言ったら「にゃぁん?」と疑問符で返された。
杏子はキョロキョロと辺りを見回して、コンビニを目に留めると、「ちょっとだけ待っててね」と猫に声をかけた。
落ち込んでいたはずなのに、何でそんな気持ちになったのか分からない。
さっき屋久蓑邸で犬に散々吠え付かれたから、猫に情が傾いたのだろうか?
(いや、違うな。……私、一人になるのがイヤなんだ)
猫だって構わない。今はちょっとだけ誰かの温もりを感じていたかった。
杏子は、コンビニで三本入りの猫用ピューレスティックを一袋買った。これなら細長いパウチを切り開けてそのまま猫に舐めさせてあげることが出来る。
それを手に急いで戻ってみると、猫は先程の場所でコロンと寝そべって杏子を待っていた。
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