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それと同時、独身女性が、一人暮らししている部屋の扉を開けて自分を送ってきた男に声を掛けるだなんて、無防備過ぎるな……と不安も覚えて。
(僕が送り狼だったら……部屋に押し入られて襲われちゃってるよ?)
心の中で吐息交じり。そんなことをつぶやきながらも、岳斗は表情にはおくびも出さずにニコッと微笑んだ。羽理が長いこと騙されていた、倍相課長のほわんとした〝人畜無害〟な笑みである。
「もちろんいいに決まってるよ。だって、食事に誘ったのは僕だからね」
「でも……」
たかだかファミリーレストランでの微々たる支払いを、岳斗が杏子の分まで済ませただけ。
下手したら夕方に法忍仁子へ持たせたフレンチの方が、値が張ったくらいだ。
なのにそんなことをずっと気に病んでいる様子の杏子に、岳斗は『ならばこのチャンスに便乗させてもらおうかな?』と心の中でほくそ笑んだ。
何より岳斗はまだ、杏子の連絡先さえ聞き出せていないのだ。
「――だったらさ。えっと、僕、また杏子ちゃんとこんな風に話せたら嬉しいな? とか思ってるんだけど……今度待ち合わせしてカフェとか行かない? その時には僕の分を杏子ちゃんにご馳走してもらって、今回の分をチャラにするとかどうだろう? ダメかな?」
当然、岳斗としては杏子におごってもらう気なんてさらさらないのだけれど、こういう誘い方をすれば経理課配属で、やたらと律儀な性格の彼女なら乗ってくるかな? と賭けに出たのだ。
もちろん、『ダメかな?』と小首を傾げて眉根を寄せたのだって計算づく。
あえて恐る恐る、杏子の出方を窺うように……といった雰囲気を漂わせながら携帯を差し出しながらそう問い掛けたのだってそう。
だから、「あ、はい! ぜひ!」と杏子から色よい返事をもらえて、やっと彼女の連絡先をゲットすることが出来た時には、胸の内で『よし!』とこぶしを握り締めた岳斗だったのだけれど。
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