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「そうよ。おばあちゃんのせいで毛玉ちゃんだった名前が毛皮ちゃんとか変な名前になっただけでも悲しいのに、……ねぇ?」
羽理の言葉に続いて乃子にも非難されたおばあさんは、「やれやれ……」とつぶやきながら「さぁせっかく遠路はるばる来たんだ。思う存分お吸いなさいな」と、何も言わない大葉にターゲットを絞ったらしい。
自己紹介もないままに「さぁさぁ」と圧を掛けてくる。
(レディってことは……この猫、この風格で女の子だったのか!?)
(っていうか、毛玉って名前の方が毛皮よりしっくりくるぞ? 何でおばあさんに配慮して毛皮を採用した!?)
(いや、それより来訪の目的が猫吸いにされてないか!?)
もっふりした猫を腕に抱いたまま、大葉がそんなあれこれを目まぐるしく考えていることなんて、誰も知らないんだろう。
「そうよ、大葉。遠慮せず吸っちゃって?」
「そうですよ、屋久蓑さん。遠慮は不要です」
「りっちゃんに渡したら当分吸えんからの。さぁさぁ遠慮せんと」
羽理、乃子、おばあさん……と三人して詰め寄ってくるから。
(玄関先で一体俺は何の強要をされてるんだ!?)
と思いながらも、大葉は言われるがまま、毛皮の額に鼻を寄せた。
スン、と嗅ぐと……。
(これは唾液のにおいだな……)
きっと、顔洗いの毛づくろいしたばかりだったんだろう。手をべろべろ舐めては顔を撫で回す猫の仕草を思い出しながらそんなことを思う。
人間、極限状態になると案外変な状況にも順応できるらしい。
手土産を手にしたビシッと決めたスーツ姿のまま、(きな臭い肉球のにおいの方が良かったな)とぼんやり考えた大葉だった。
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