30.心配しなくていいと伝えたいだけなのに

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*** 「(あっつ)っ」  このところ日の入りが遅い。つい先日梅雨に入ったばかりの今時分は十九時(しちじ)過ぎころまで明るいから、十八時(ろくじ)にもならない時間帯は晴天だと結構日差しにさらされる。  長く伸びた愛犬と自分の影を背後に長く引きずって歩きながら、大葉(たいよう)はうんざりした顔で西の空に傾きつつある太陽を眺めた。  今年は空梅雨(からつゆ)との予測で、梅雨の間も雨が余り降りそうにないらしい。現に明日も快晴とまではいかずとも、薄曇りの空模様らしい。  にわか雨くらいきてくれれば少しは涼しくなりそうだが、傘などを持参しているわけではないので、やっぱりそれは困るなと思って。  そのくせ雨雲の気配が感じられない空はどこかまぶしくて、大葉(たいよう)は少しグレイ掛かって見える天を見上げて小さく吐息を落とした。  何となく降りそうかも? と期待させるくせに、実際は雨粒が落ちてこないからだろうか。やたらと湿度が高くて、ちょっと動いただけでじっとりと嫌な汗をかくのが不快で仕方ない。 (梅雨に雨が降らねぇと農家は水やり大変だろうな)  作業が、というより主に水道代が(かさ)むのが心配だ。  掛かった経費を即座に売価へ反映出来ればいいのだが、なかなかそうはいかない。  農家と販売店との橋渡しをすることもある土恵(つちけい)商事としても、頭の痛い問題である。 (あー、実家に着いたら俺の畑にも水やっとかねぇと)  最近その辺がおざなりなことをふと思い出して、どれだけ羽理(うり)に掛かり切りなんだろうと、思わず苦笑する。  そんな大葉(たいよう)にとって、今現在最も悩ましい問題は、言うまでもなく羽理(うり)とのことだ。
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