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「あ、そうだ。今更だけどエチケットブラシもあるわよ?」
空色のエチケットブラシを手に、「コロコロより、やってる姿がドラマのワンシーンっぽくて絶対お勧め!」と意味不明の理由で羽理の手からコロコロを取り上げようとしてくる乃子に、すかさずおばあさんが「そのブラシはダメじゃ。全然取れんし、下手したら逆に毛まみれになる!」と言い切って、「それはお母さんが逆方向に掛けるからですよ」と乃子に瞬殺される。
大葉には、そんな二人のやり取りさえ、何だかほっこりと温かく感じられてしまった。
(こういう環境で育ったから羽理は変にひねくれなかったんだろうな)
片親――しかも婚外子ともなれば、下手するとそれを負い目に感じてしまう人間も少なからずいるはずだ。
だが、羽理からはそういう悲哀じみたものを感じたことは微塵もない。
強いて言えば、時折自分のように父親のいない子供が出来ることを恐れているのを感じさせられることがあるくらいだ。
キスで蕩けた顔をしていたくせに、いざ最後の一線を越えようとした途端不安そうに瞳を揺らしながら、「私たち、ちゃんと結婚するんだよね?」と再確認されたのを思い出した大葉である。
(まぁ……表にゃ出さねぇが、やっぱそれなり寂しい思いはしたってことだよな)
恐らくまだ見ぬ我が子には、父親のいる暮らしをさせてやりたいと思い続けてきたんだろう羽理の気持ちを、大葉は全力で叶えてやりたい。
そのためにも――。
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