患者くんの初恋

2/5
前へ
/5ページ
次へ
「美樹、ちょっといいか」 「あ、はい」 こちらに一礼して、鬼丸さん──美樹さんは、呼ばれた医者の元へと走って行った。 いや、え、は? あの医者、美樹さんのことを「美樹」と呼び捨てしてなかったか。 どういうことだ。 「あの二人、仲が良いですよね〜」 「それにしても、同じ職場だなんて珍しいわよね〜」 俺の近くで、他の患者と会話していた看護師が、微笑ましいとも言いたげにそう言っていた。 その外野が言う通り、仕事の話をしているようだが、どこか楽しそうに時折笑いながら会話をしているようだ。 俺の前では見たことがない、自然な笑顔。 もしかしたら、恋人同士であったのか。 かなりショックを受けていると、美樹さんと入れ替わりに医者がこちらにやってきた。 大部屋であるから、他の患者に用があるのだろう。と、思っていたら、俺の前で立ち止まる。 「君が田嶋君?」 「え? あ、はい、そうですが……」 にっこり。人当たりの良さそうな笑みを向けている。が、美樹さんと比べて、なんというか、背中に氷を入れられたかのような冷たさを感じ、ゾッとする。 何故、そう思うのか。 「うちの弟が大変お世話になってます。よーく弟が、君の話をしておりましてね。それで、そのことについて話が──」 「…………ん?」 弟? 「今、弟と言いましたか……?」 「ええ、そう言いました」 「え? 見た目があんなにも華奢で、可愛らしいのに?」 「うちの弟は、女の子かと見間違えられることが多くあるぐらい、大変可愛らしい見た目をしてますが、れっきとした男です」 まるで、推しを語るぐらいの早口気味で言われた言葉に、俺は完全に気圧されてしまった。 「声がすこーし、ハスキーだなと思いました、けど……」 「男ですからね」 その時になって、この医者の目が笑っていないことに気づいた。 だから、恐怖を覚えたのだと。 その際に、医者の首からぶら下がっている名札が目に映った。 あの『鬼丸』という珍しい名字。 と、突如。医者の表情がスっと、石のように冷たい表情へと変貌する。 「──迷惑がっているから、関わらないでくれ」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加