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「美樹、ちょっといいか」
「あ、はい」
こちらに一礼して、鬼丸さん──美樹さんは、呼ばれた医者の元へと走って行った。
いや、え、は?
あの医者、美樹さんのことを「美樹」と呼び捨てしてなかったか。
どういうことだ。
「あの二人、仲が良いですよね〜」
「それにしても、同じ職場だなんて珍しいわよね〜」
俺の近くで、他の患者と会話していた看護師が、微笑ましいとも言いたげにそう言っていた。
その外野が言う通り、仕事の話をしているようだが、どこか楽しそうに時折笑いながら会話をしているようだ。
俺の前では見たことがない、自然な笑顔。
もしかしたら、恋人同士であったのか。
かなりショックを受けていると、美樹さんと入れ替わりに医者がこちらにやってきた。
大部屋であるから、他の患者に用があるのだろう。と、思っていたら、俺の前で立ち止まる。
「君が田嶋君?」
「え? あ、はい、そうですが……」
にっこり。人当たりの良さそうな笑みを向けている。が、美樹さんと比べて、なんというか、背中に氷を入れられたかのような冷たさを感じ、ゾッとする。
何故、そう思うのか。
「うちの弟が大変お世話になってます。よーく弟が、君の話をしておりましてね。それで、そのことについて話が──」
「…………ん?」
弟?
「今、弟と言いましたか……?」
「ええ、そう言いました」
「え? 見た目があんなにも華奢で、可愛らしいのに?」
「うちの弟は、女の子かと見間違えられることが多くあるぐらい、大変可愛らしい見た目をしてますが、れっきとした男です」
まるで、推しを語るぐらいの早口気味で言われた言葉に、俺は完全に気圧されてしまった。
「声がすこーし、ハスキーだなと思いました、けど……」
「男ですからね」
その時になって、この医者の目が笑っていないことに気づいた。
だから、恐怖を覚えたのだと。
その際に、医者の首からぶら下がっている名札が目に映った。
あの『鬼丸』という珍しい名字。
と、突如。医者の表情がスっと、石のように冷たい表情へと変貌する。
「──迷惑がっているから、関わらないでくれ」
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