190cmの熊さん

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190cmの熊さん

大きいなぁ…。 何を食べたらあれだけ背が伸びるんだろうと、川野 凛は視界の端の男を目で追っていた。 190cmはあるだろう大柄で、筋肉質な身体。 元格闘家だったりするのだろうか? 凛の職場は大きな文具店だ。 しかし、文具店とは名ばかりの何でも売っている店だ。 証券会社や、卸屋などが並ぶオフィス街の7階建ての1階と地下に店舗を構えている。 働いてもう5年。 1階を店長が、地下を凛が受け持って回している。 地下は端のスペースにお菓子と飲料コーナーがあり、他は真面目に様々な文房具が並んでいる。 ノート、伝票、ファイルなどの種類も量も多い。 文具の納品は店が開いてすぐに届くのだが、その納品が一番多いメーカーの配送さんが、とにかくデカいのだ。 顔を突き合わせてオリコンを挟み、検品をする。 彼の名前は多田さんと言うらしい。 と言うのも、彼はほぼ単語しか話さない。 「納品書、ウの…」 「…2」 「はい、同じく納品書…」 「おはようございます」と言うお決まりの挨拶の後は基本、数字しか発さず、終われば 「どうも、ありがとうございました」 と頭を下げてボソリと呟いて帰っていく、因みに、その間一度も彼の表情筋は動かない。 1日の拘束時間は11時間、更に重いしやる事も多いこの店は、人が続かない。 定着すれば長いのだが、そうで無ければ3日で飛ぶ。 故に、入れ替わり立ち代りに入ってくる新人はみな、彼を怖がる。 検品は凛の仕事になっていた。 「川野さんすごいっすね、僕あの人とだけは嫌ですー」 レジで接客していた佐々木が、自動ドアの向こう側で空いたオリコンを台車に積んでいる多田を見やりながら言った。 「何で、普通に検品するだけでしょ?」 「いや、あの人めっちゃ威圧感ありますよ、余計な事言わないし」 「いいじゃない、無駄なこと言わないのは」 余計な事では無く、言わなくてもいい事を好んで口にする佐々木を横目で睨み、凛はレジに立つ。 「佐々木君、先に休憩どうぞ」 「あ、ありがとうございまーす」 さっさとレジを離れていく佐々木を見送りながら、エレベーターを待つ多田の背中を眺める。 凛は女性としては極普通の155cm。 高いヒールを履けば時に、背の低い男性とは肩を並べるのだが。 「それでも…バランス取れないだろうなぁ」 短くかられた項と、ツーブロックの清潔感のある髪型。 中性的な顔立ちが好まれている感のある昨今では珍しい、男らしい顔立ちは整った印象だ…いや、無表情過ぎてそっちが印象に残りはしないけれど。 あの人は笑ったらどんな感じなのだろうか。 彼と検品作業をする度に凛は毎回そう思う。
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