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「ニヤニヤし過ぎですよ、凛さん」
店を閉め、中野と二人駅に向かいながら頬を緩める凛に中野は苦笑した。
「よかったー、嫌われて無かった」
貰ったマシュマロを手に包んだまま歩く凛。
「あの人…結婚してんですかね?」
「…」
せっかくの浮き立つ気持ちを見事に現実に引き戻す男、中野。
「…結婚してても、してなくても…何も変わらないよ」
…見てるだけだもん。
中野は、ちらりと凛に視線を送り。
「じゃあもし、あの人から飯に誘われたらどうします?」
「誘われないからっ」
「いや、もしもですよ?」
凛はぐ、と喉を詰めた。
そりゃあ…行きたい。
「…飯行って、いい雰囲気になった時…凛さんちゃんと確認します?」
…。
「早めにリサーチしといた方が良いですよ」
中野は改札を通り抜けながら続けた。
「凛さん、ワンナイトで楽しめるタイプじゃないでしょ?…後から家庭持ちだって分かったら、めり込むくらい凹むでしょー?」
そもそも、そのワンナイトに踏み込める技量が無いのだが、中野にそれをカミングアウトする気は無い。
「…誘われないもん」
二人で並んで電車を待ちながら、中野が苦笑する。
「男から見たら、あの人多分凛さんの事気にしてますよ?」
「へぇっ?!」
とんでもない言葉を残して、中野はじゃ、と急行に乗って帰って行った。
普通を待つ凛は、一人残されて動揺していた。
中野の前職はアミューズメント施設の主任だった。
けれど彼女に子供が出来て、相手の親にもっと真面目な仕事をと言われ、たいして給料も変わらないのに文具店の社員という肩書きを求めて転職してきたのだ。
見た目もそこそこ、性格も明るい。
凛よりその手の事はこなして来たハズで。
熊さんが、自分を気にしてくれてるかもしれない。
現実味の無い言葉だけれど、直ぐに淡い期待が胸に芽生えた。
飴ちゃん攻撃が功を奏して、今は逆に餌付けされている。
そして、今日は一瞬笑ってくれた。
中野の言うことを真に受けてはダメだとわかっている。
だけど、だけど…もし本当だったら?
熊さんが、気にしてくれていたらーー?
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