熊さんのプライベート

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トラックに乗ったら一度着信を入れておきますと言い残して、多田はいつもと同じ表情で背を向けた。 凛は赤みの残った顔でカウンターの中に入ると、しゃがみ込んだ。 「凛さん、あの人彼女無しだったの?」 カウンターの端で、黙々と領収書に角印を押しながら中野がコソコソと問いかけた。 凛は声も出せずコクコクと頷く。 「プラネタリウム、誰も行く人が居ないって…言ってたぁ…」 「おお、良かったじゃないっすか連絡先交換してたし」 「…ごめ、中野君…顔が戻ったらすぐ仕事する」 別に大丈夫ですよ、今日暇だからとのんびり答えた中野が肩を揺らして笑った。 「…きてる」 休憩時間にロッカーを開けて、恐る恐る携帯を取り出すと、ちゃんと未登録の番号で着信が残っていた。 多分、多田だ。 (これ、どうしよう…登録ありがとうとか送るべき??) 緑のアイコンをタップして検索すると、多田 匡平と表示された。 …繋がった…熊さんと。 「…登録ありがとうございます…川野 凛です」 それだけ打ち込んでメッセージを送った。 携帯をテーブルに伏せ、手汗でビショビショのままおにぎりのフィルムを外す。 何とも言えない高揚感と、落ち着きのない鼓動。 もそもそと、味もそこそこにおにぎりを口に運ぶ。 ピコン! 「ごふっ!」 咀嚼中の米粒を数粒飛ばしたが、拾う前に携帯に手を伸ばした。 「都合のいい日にちを送って下さい」 絵文字も丸もない、簡素な返事が一行だけ。 熊さんは、文字でも多くを語らない。 「また、連絡します」 つられた訳では無いが、一人で浮かれていると思われたくない。 凛も簡潔に返して…喜びに震えた。 「ほおおおっ、返って来たあ!」 おにぎりを握りしめてガッツポーズだ。 恋ってこんなにドキドキするんだ。 ふわふわするんだ。 流れで何となく誘ってくれたのかもしれない。 それでも、きっと凛が嫌いならスルーするはずだ。 大きな手に書いた番号を、多田はちゃんと約束通り入力してくれた。 凛の番号だと認識して、自分の携帯に入れてくれた。 その些細なことがすごく嬉しい。 日曜日なら基本どこでも空いている。 今晩熊さんの予定のいい日を聞いてみよう。 心が高揚すると、身体も元気になる。 午後からの業務を羽でも生えたかの様にこなしながら、凛は退勤時間を待ち遠しく過ごした。
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