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凛は極一般家庭に育ち、県立高校卒業後はここに就職した。
何せ文房具が好きなのだ。
可愛らしい付箋やペンなどを手に取るとウキウキする。
残念なのはそのペンは1階に陳列されている事だ。
凛が毎日目にするのはどちらかと言えば可愛らしくない普通のノートや会社向けの硬いファイルばかり。
唯一地下にあるのは、ファンシーなレターセットくらいか。
しかしそれは、細かい為にメーカーが品出しに来てしまう。
因みに今から取り掛かる仕事は、山のように納品されたお菓子の品出しだ。
こんな事ならもっと勉強して、頑張ってメーカーに就職するべきだった。
特に役に立つ資格もない凛は、ほぼ愛嬌を武器にここで接客をこなしてきた。
笑顔と元気が取り柄の23歳。
毎日地下でバリバリ働いていては、出会いも無い。
しかし激務で、出会いを求めに夜な夜な出かける元気も無い。
最近将来が心配な、彼氏いない歴年齢の女子である。
「いざ!出陣!」
カッターナイフを片手に凛はもう1人の新人にレジを任せ、お菓子の山に挑み始めた。
「凛、飯行ったか?」
トイレは地下にある。
お菓子を出し終え、お菓子のPOP作りでパソコンに向かっていたレジ裏の2畳程のバックヤードの扉を開け用を足した店長の引田が声をかけた。
「あ、まだです…わぁ、こんな時間だすぐ行きます」
「おお、俺上の名刺の客注あげたら下りてくるから、1時間しっかり取れよ」
「はぁい、ありがとうございます」
返事をして黒縁の眼鏡を外して伸びをする。
目がシバシバする。
唯一支給されている紺色のエプロンを外してデスクに置くと立ち上がった。
眼鏡を拭いてかけ直すと、地下の一番奥にある休憩室に急いだ。
「…唐揚げ買ってくればよかったな」
駅近ばかりに7店舗あるチェーン店の1号店のこの店は、社長と今の店長2人で始めた店らしい。
やり手の店長は未だに手書きのPOPも活用したいタイプの人で、凛は小さなものから大きなものまで一手に引き受けている。
7つある店には必ず女性社員を1人は配置し、POPを書かせる社長は、自ら色々仕入れて来る人で…この間は自転車まで中国から仕入れて来た。
控えめに言ってやめて欲しい。
この間は子供服まで仕入れようとして、各店の店長に猛反対されたらしい。
パソコンPOPとは別に、手書きの大きめのPOPを作成中の凛は、休憩中も無駄にはしない。
朝の出勤のついでに寄ったコンビニで買ったサラダとクリームパンを齧りながら、右手はPOP作成中だ。
店が閉まるのは7時半。
そこから残業するのは正直キツい。
品出しや、客注処理、ついでにオフィス家具の簡単な組み立てなどの業務内容をこなす中では休憩中でも時間は惜しい。
そんな激務の中の、ほんの僅かな好奇心。
あの熊さんはどんな顔で笑うのか。
ちょっとした遊び心や好奇心は、凛の日々のスパイスなのである。
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