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朝チュンもどき
「…」
目を開けたら、多田のうなじと広い肩幅が見えた。
(…んん?)
布団をしっかり被って寝ていた。
健やかな目覚めである。
ベットに横になったまま、凛ははて?とベットに背中を預けている多田を見つめた。
昨日…多田に緩く抱きしめられたまま、この先二人でしたい事をいくつも話した。
いや、凛があれこれ話し続けては多田が頷いて、ぽそっと一言返すワンマンショーの様な会話だったけれど。
凛が楽しそうに話す顔を、穏やかな焦げ茶色の瞳がじっと見ていた。
決して退屈そうな素振りを見せずに居てくれた事が救いだ。
…けれど。
(…寝落ち…)
まさかの寝落ち。
そして自分だけベット…。
申し訳なさと恥ずかしさに数秒沈み、凛はそっと半身を起こした。
両手をついて、そっとベットから身体を乗り出す。
横から覗き込んだ多田は、ベットに背を預けて腕を組み俯いて目を閉じていた。
まるで眠り姫を護る騎士の様だ。
胡座の足や、うつ向けた首が痛くないだろうか。
目を閉じた横顔をまじまじと観察する。
照れずにこんなに近くで多田の顔を見られるのは、滅多にないチャンスだ。
男らしい額のラインはシャープ。
どちらかというと彫りの深い目元。
しっかりとした鼻筋。
唇は少し大きめで、ちょうどいい厚さだ。
いつか、この唇が弓なりに弧を描く所を見たい。
寝起きの膜のかかった思考は本能に忠実だ。
凛の指がそろそろと多田の唇に向かって伸びていく。
指先がそっと、多田の唇に触れた。
見た目より柔らかな感触。
薄い桜色に塗られた爪の先が、つ…とその感触をなぞる。
精悍な横顔の濃い睫毛が震えて、ふ、と瞳が開いた。
寝起きでも俊敏に動く多田の手が、瞼を開けきる前に触れている凛の手を掴んだ。
「…あ」
自分が掴んだ凛の手に視線を合わせた多田が、ゆっくり凛に顔を向け、数回瞬きを繰り返した。
「……っ」
「…おはよう」
痴女だ。
やばい、勝手に触って起こしてしまったと焦る凛に多田は掠れた挨拶を寄越した。
「おはようございます」
一刻も早く引っ込めたい手を、まだ多田が握っている。
「…ヨダレ、垂れてた…?」
「ちが…あの…つい、出来心でして…」
魔が差したと自白する犯人のように、凛が小さくなる。
多田の目がす、と細まる。
「ああ…」
その「ああ」は、どうゆう部類のああ、なのか。
コキ、と首を鳴らした多田が凛の手を離しそのまま、あらぬ方向にはねた凛の前髪を指先で整えて離れた。
寝癖のまま痴女!
ぱしっと音が鳴るほど額を抑えた凛。
多田はゆっくり立ち上がる。
「凛さん、トイレ借ります」
「はいっ、とうぞっ」
多田はこんなシチュエーションは経験済なのだろう、落ち着いている。
凛は慌てて立ち上がり、とりあえずお茶をとキッチンへ走り込んだ。
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