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「…いただきます」
小さなテーブルに向かい合って朝のお茶。
「朝ごはん…つくりましょうか?」
多田は少し考えるように凛を見つめて、
「凛さん…今日時間、ありますか?」
多田が言い終わるまえに頷いていた。
「…買い物に…」
「行きますっ」
何処へでも!
「じゃあ…朝飯は外で…」
多田は狭い部屋で凛の出掛ける支度を見てしまうのを配慮してくれたのか、車で待ちますと立ち上がった。
一度家に戻ってシャワーと着替えを済ませてくると付け足して出て行った。
シンプルなスカートとニットを合わせ、メイクを済ませるとちょうど多田から着いたとメッセージが届いた。
コートを着込んで部屋を飛び出す。
多田はマンションのすぐ前で待っていてくれた。
背の高い多田は、ダウンとダメージジーンズ。
凛はにやけそうになる唇を引きしめた。
…すき。
少し離れたパーキングにとめた車へと二人で歩き出す。
凛はちょんと多田のダウンの袖口を摘んだ。
手を握る大胆さはまだ、無い。
「お買い物、どこへ行くんですか?」
多田の手がするりと凛の手を袖から抜き、そのまま手を包む。
「…えへへ」
「…少し、遠出して…キャンプ用品店に…凛さん用に…」
「わぁ、楽しみです」
今、色々特集されてますよねー?と凛が笑う。
多田は小さく頷いてゆっくりと歩いてくれた。
「匡平さんは、キャンプよくするんですか?」
「…大学の頃から…よく一人で行きました」
まさに今流行りの1人キャンプだ。
「…誰かと行くなんて、思てへんかったから…全部1人分で…いいの、あるといいね」
語尾のね、が何か凄くセクシーに響いて優しい。
「…うん」
多田はちゃんと助手席側に凛を立たせてから運転席側に歩いてくれた。
ドアを開けて閉めるまでは行かない優しさが好きだ。
「…朝飯、何食べたい?」
ああ、病気かも…多田の語尾にいちいちときめいてしまうのだ。
「…匡平さんは?」
「……俺は、普段…食べへんから」
力仕事なのに、食べないのか。
ちょっと心配になったけれど、朝が早い仕事だ。
食べるより寝ていたい気持ちもわかる気がする。
「じゃあ軽く…サンドイッチか何か買って来ましょうか?」
凛が指さしたコンビニ。
多田は頷いたけれど、車はそこをスルーして進む。
「少し先に…パン屋があるから」
自分は重きを置かない朝食、凛の為にパン屋を目指してくれる。
もう、ほんの些細な事が嬉しくてドキドキしてしまう。
多田が数分走って止まったパン屋で、メロンパンとサンドイッチを買って。
凛がフィルムを外して手渡したサンドイッチを片手で食べながら、多田は運転を続ける。
「車…運転上手ですね?」
メロンパンにかじりつきながら凛が微笑む。
「普段乗ってるのが大きいから…こんなん、ミニカーみたいなもんです」
元々は、10トントラックで配送の仕事をしていたと多田が言った。
「長距離…?」
「…凛さんの歳の頃は…ちょうど」
免許のない凛からすれば、長距離運転はとんでもなく大変な仕事だ。
「寝らんと走るでしょう?…手積みで重いし、長い事する仕事やないから…今の所に転職しました…」
車の運転が好きなのだろうか、想像してみた多田と大きなトラックはとてもしっくりきた。
「転職してくれてよかったぁ…」
出会えてよかった。
に、と笑った凛。
多田はほんの少し目元を緩めて、頷いた。
多田のその微笑みの意味を…転職した頃、抱えていた気持ちを知るのは、少し先の事になる。
凛はただ、向けられた優しい目が嬉しくて微笑む。
車はスムーズに目的地を目指した。
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