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可愛い後輩
その翌週の木曜日の事だった。
凛が昼休憩に入ったすぐ後。
休憩室の内線が鳴った。
『凛さん、久しぶり』
回された外線の相手は3駅先にある他店の後輩だった。
後輩言っても彼女の方が二つ年上である。
「お疲れ様です、島崎さん!」
いつもなら明るく話す島崎の声が硬い、何かトラブルでもあったのだろうか?
こうして他店からの電話は、ほぼ商品の社内移動の打診なのだ。
「どうしました?何か在庫確認しますか?」
島崎と凛の仲の良い佐和という移動した同僚は現在同じ店舗で働いている。
『うん、〇〇のクリアホルダーの10枚入り、在庫に余裕あるかな?』
「10枚入りですか?ありますよ、どれくらいいりますか?」
『5パック』
「10枚入、5パック送りますね」
近場のメモに10枚入り5Pとメモを取り、凛はおかしいなと首を傾げた。
そもそもそのクリアホルダーの100枚入が売れ筋商品なのだ。
どの店舗でもいつも多めに発注し、在庫しているものだ。
根こそぎ買い上げられたのだろうか?
元々中から1枚ずつ取り出して使う商品だ、100枚入を進めるのが普通なのだが…。
その方がお客さんも安く購入できるはずで。
10枚入かと復唱したし。
まあ、何か理由があるのだろうと凛は立ち上がり
休憩時間を割いて準備を始めた。
その荷物は、夕方の社内便に乗せて翌朝その店舗に届く算段だった。
翌朝金曜日、多田と検品中の事だった。
レジから中野が凛を呼んだ。
「凛さんすみません、島崎さんです」
中野は急ぎでない限り、掛け直すと凛を呼ぶ事をしないので、凛は多田に目配せをしてカウンタめの中に急いだ。
「おはようございます」
『凛さん困るんだけど!』
おはようも言わず、島崎が声を荒げた。
「え?」
『10枚入が届いたんだけど!』
「ええ、島崎さん昨日10枚入って…」
『そんなわけないじゃん!100枚入!』
おかしい、絶対に確認したのだ。
『もう信じられない、客注間に合わないよ』
一方的に凛を責める声に、凛が無言になる。
『凛さん、わざと?…そんな事する人だったんだ?』
きっと向こうの店内に響き渡る程の大声だ。
…一体何が起きているのか、凛は衝撃にやられて受話器を握りしめたまま立ち尽くした。
中野が横でレジを打ちながら、異変に気づき視線を送ってくる。
「…あの、私ちゃんと復唱しましたよね?」
『私は100枚入りっていった!』
ラチがあかない。
「分かりました…今から届け…」
『もういいわよ!浮かれて気が抜けてんじゃないの?!』
ガチャン!
一方的に切られた通話。
浮かれて?何が?…え?
佐和と一緒にたまに飲みに行く仲だ。
今までだって、他の社員より距離感も近く客注の急な個数調整も協力してきた。
驚くほど冷たくキツい物言いに、一瞬頭が真っ白になった。
「…どうしたんですか?凛さん?」
「…いや、…なんか、よくわからない…」
切られたまま耳に当てていた受話器をそっと戻し、凛は検品の続きをとカウンターから離れる。
その顔は困惑と理不尽な攻撃を受けたショックで色味を失っていた。
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