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家に帰ってもモヤモヤと落ちつかない。
しかし、裏を返せばもう相手にしなければ済む話しなのだ。
多田の彼女は自分で、多田は元々彼女を相手にしていないのだから。
知らんぷりで多田と仲良く過ごすことが、何よりの仕返しなのだと思う。
「明日は何持って行こうかなぁー!」
ひとりきりの部屋で、無駄に元気に声を出してバックにお泊まりの準備を始めた。
翌日は残業を避ける為にサクサク働いた。
一度帰って服を着替えてメイクも直したい。
チャチャっと帰る!
早く会いたい。
多田にペタペタ触ってやる。
子供みたいなヤキモチを抱えて急いで帰り、支度を整えて待った。
もうすぐ着くと、短いメッセージを受け取って下におりるともう車はとまっていた。
「お疲れ様ですっ」
「…おつかれさん」
多田はポンと凛の頭に触れて車を出した。
「…飯、どうしようか」
「あ、私作りますよー」
多田がチラりと凛を見る。
「…疲れてない?」
「大丈夫ですよー、いつも作ってますから。節約大事!」
多田は近くのスーパーに寄ってくれた。
調理器具はほぼ揃っていると言うので、鍋の材料を買い込んで多田の部屋に向かう。
多田の部屋は1LDKだった。
「広いですねー」
「…ナリがデカいから」
いつかの車の説明と同じ返事に笑って、凛は鍋の準備に取り掛かる。
対面キッチンの真ん前がリビングスペースで多田はそこに座ってパソコンを開いていた。
男の一人暮らしにしては、とても綺麗に整頓された部屋だ。
と言うか、あまり物が無い。
テレビにラグにテーブル。
ソファーも置かずに、変わりに大きなビーズクッションがある。
「…何か、手伝う?」
…熊さんだ。
定期的に立ち上がり、落ち着かないのか凛の手元を覗き込んではテーブルの前に帰って行く。
…可愛い。
無表情だけど、可愛い。
「もうすぐ出来ますよー、お箸と器お願いします」
「…うん」
やっと出来る事を頼まれた多田が細々と準備をしてくれた。
あつあつの土鍋を卓上コンロに運んでくれて、二人でテーブルに座る。
「…美味そう」
「ふふ、つくねが美味しそうだったから、いっぱい入れました、召し上がれ!」
多田は丁寧に手を合わせて食べ始める。
…美味しそうに食べている。
無表情だけど。
「…昨日、佐和さんわかります?電話があって」
「…ああ、〇〇店の」
「そうです、以前は同じ店舗だったから仲良しなんですよ」
多田は食べながら頷いて凛の話の続きを視線で待っている。
「この間の…電話のあれ、そこの島崎さんで…」
「…あぁ」
知っている多田は、そう短い相槌を打った。
「…匡平さんと、お付き合いしてるのを目撃されたみたいで…それであんな感じだったって」
多田はもしかすると薄々わかっていたのかもしれない。
「…そこでひとつ、お願いがあります」
多田は食べるのをやめて凛を見つめた。
「島崎さんからのボディタッチは、できるだけかわしてください、匡平さんは私のなので」
ふんっと鼻息も荒くそう言った凛を、多田は数秒見つめた。
「…はい」
「…今、ちょっと笑いそうになってます?」
無表情の多田が、ふっと視線を逸らした。
「匡平さん、これ、大事なポイントですからねっ」
「はい」
わかればいいのだと、凛はつくねを口に放り込む。
もぐもぐと咀嚼していると、多田が口を開いた。
「…そろそろ、うっとおしいと…思てたんです」
島崎の事だろう。
鍋の中身を器に移しながら、多田がゆっくり話しだした。
「…こんなナリで、物珍しいんやろうけど…俺がアレに手ぇ出す事は無いです、絶対」
「…可愛いのに?」
実はちょっと、気になっていた。
多田は凛と付き合う前、一度も彼女に興味を持たなかったのだろうか。
「…可愛い?…ああ、もうアレにちょっかいかけられた辺りには、おったから、ココに」
と、箸を持ったままの人差し指で多田は自分の頭を突いた。
「おった?」
ん?と首を傾げた凛。
多田はつくねを口に入れて咀嚼しながら頷いた。
「…凛さんが、おったから」
目を瞬いた凛に、多田は薄く笑った。
初めて見る、笑顔と認識される位の微笑だった。
「…だから、もし凛さんが俺に愛想尽かしてほかされても…絶対アレに手ぇ出す事は無い……貴女の目に入る所におる女を、俺は絶対…抱きません」
……別れてもと口に出されてちょっと引っかかったけれど…嬉しくて唇がニマニマしてしまった。
熊さんの生態。
『浮気はしません。ついでに近場もダメ』
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