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何かお届け物かな?
多田が鍵をかけた音は聞こえていた。
まさか朝から、両手を塞ぐ程の買い物はしてこないだろう。
だけど人様の家で勝手に対応してもいいものか。
アタタ…と太腿を擦りながら、そろそろと玄関までを歩いた。
その間にまた一度インターホンが鳴る。
もし多田が両手を塞いで開けられなかったらと、そっとドアスコープを覗き込んだ。
「っ!!」
ぎょっとして息を詰めた。
日曜日の朝から、しっかりメイクの島崎が口角を上げてドアの向こう側に居た。
え、え?
家を知ってるの?
何で?
まさか、島崎もここへ?
多田が招いた事があるのか。
そう一瞬思った。
けれど、そんな筈無い。
多田はしっかり、凛の周りの女性には手を出したりしないと言った。
もう一度、島崎が腕を上げるのを目で追っていた凜の耳が、少し離れた所から聞こえた多田の声を拾った。
「…何でここへ?」
元々、低い声だがより低く響いた。
「あ、お出かけでしたか?車があったから、いらっしゃると思ったのに」
「いや…どうしてここが?」
あ、良かった。やっぱり違った。
「前に駅前で多田さんが車に乗ってるのを見て…ほら、駐車場の縁石に部屋番号が…」
ちょっと普通じゃない。
例えそれが分かっても、急に部屋を訪ねるなんて。
「…何の、用ですか?」
「多田さん、川野さんと付き合ってますよね?」
凛は、両手をドアにつけてドアスコープを覗いたまま動けなくなってしまった。
身体を横に向けて、凛から見えない位置にいる多田を笑顔で見ている島崎の横顔から目を逸らせない。
「…それが、何か?」
アンドロイドの抑揚が、隠さずに問い返した。
「どうしてですか?」
「……はい?」
島崎が、自信に溢れた横顔できゅっと唇を微笑みに引き上げた。
「私が多田さんの事好きなの知ってましたよね?」
「…好意の種類までは、認識してませんが」
食事に行って話した島崎は、ごく普通の女性で。
多少の自己中な会話の仕方はあったけれど、こんな異質な雰囲気ではなかった。
「好きなんです、付き合って下さい、私とも」
怒りっぽい性格ではない凛が、一瞬で噴火しそうな怒りを感じた。
凛と別れて付き合ってと言うのなら、まだマシだった。
…私とも。
それでは、凛にも、多田にも失礼だ。
鍵を開けて飛びだそうと手を冷たいドアから剥がそうとした時だった。
「…何を勘違いしてんのか知らんけど」
ひえ、と首を竦めるほど冷たい声だった。
「…君が何で当たり前に受けいれられるって確信した目ぇしてんのか、わからへんわ」
「…え?」
多田の関西弁に驚いたのか、それとも普段より気持ちの乗った声に驚いたのか、島崎の横顔が固まった。
「…仮に、俺が君と寝たとして…その手で俺は彼女に触れられへん…片手間で付き合って満足するんやったら…そう言う男と付き合ったらいい…」
かさりと、ビニールの擦れる音がして、多田が視界に入った。
その迫力に押される様に、島崎が視界から消えた。
背が高い多田の顔が半分見えない。
その口元が、ゆっくり動いた。
恋愛の仕方は自由や、人様の事は知ったこっちゃないけど、と先置いた多田が、心底面倒くさそうに続けた。
「…悪いけど…俺は惚れた女を他の男に触られたない男やから…君とは合わへんわ」
普段の数倍、流暢にそう言い切った多田が正面を向いた。
ザクりと鍵を差し込みまわした振動。
ドアノブを引かれた。
両手をついた姿勢のまま、裸足で前のめりに身体が傾いだ。
手が強制的にドアから離れて宙を切った。
踏ん張りの効かない筋肉痛の足が悲鳴をあげる。
ごす。
多田の硬い胸に、強かに鼻をぶつけた。
「ふぐっ!」
彼女の登場、それなのに格好のつかない呻きと共に凛は強烈な痛みに鼻を押さえて、咄嗟に支えてくれた多田の腕におさまった。
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