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「い…っ…」
この手の中のちょっと水っぽい物は鼻血か?
出来れば痛みに反応した鼻水であって欲しい。
手で鼻から口を覆ったまま、多田の腕の隙間から横に視線を投げた。
島崎と目が合う。
それで島崎もドアから飛び出して来たのが凛だと認識出来たようだ。
歪な半笑いの表情が、みるみる険しくなって凛を睨めつけた。
痛いし、視線は不快だし…だが鼻血が気になって何か言う余裕が無い。
その涙目の凛を覗き込んだ多田の表情が初めて見るものに変わっていく。
その顔がゆっくり島崎に向いた。
「…帰れ」
一瞬見ただけの凛ですら震え上がる目の色だった。
眉間に寄った皺と、視線で切り刻めるんじゃ無いかと思う鋭い目。
驚きと恐怖が混じった島崎の顔を確認したら、多田が凛を抱えてドアを潜り、後ろ手で鍵をかけた。
「ムカつく!」
と言う島崎の声と、そんなに踏みしめなくてもと思う足音が遠ざかっていく。
日曜日の朝には、些か近所迷惑だと思う。
しかしやばい。
手の中がより水っぽいのだ。
「凛さん」
彼女の登場を誤解して打ちひしがれたのだと、多田が大きな手で肩を包む。
チガイマス、この涙は鼻を強打したからです。
貴方の胸は岩の様です。
しかし、昨日初めて結ばれた彼氏に…ちょっと鼻血出てない?なんて見せられない乙女心。
俯きガチに多田の腕から逃れ、痛む足にムチを打ってヨタヨタとトイレに駆け込んだ。
そろそろと手を離して…うわぁと凹んだ。
…残念ながら、鼻血だ。
カラカラとトイレットペーパーを巻きとってとりあえず鼻を覆う。
こん、と控えめなノック。
「凛さん」
心配とごめんの気持ちが込められた呼びかけ。
「匡平さん、ちょっと待ってて…」
鼻血止まるまで。
「…そんなとこ居らんで…出ておいで」
違うの、いま鼻血出てるの。
「うん、落ち着いたら出るから」
…鼻血が。
「…」
鼻血の止め方、どうするんだっけ?
上向いたらダメなんだよね。
またカラカラとトイレットペーパーを巻きとって、今度は鼻に詰めてみる。
一方、音だけドアの向こう側で拾う多田は涙が止まらないのだと思ってしまうわけで。
胸に飛び込んだ時の呻きを、彼はどう受け止めたのだろうか。
嗚咽と勘違いするには、ちょっとばかりドスが効いて居たはずなのだが。
島崎との一件が、凛の鼻血でよくわからない物に変わりかけている。
…鼻がジンジンする。
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