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しっかりシャワーまで浴びて、あとは寝るだけになるまでお世話になって家に送り届けられた。
翌日もその翌日も島崎が何かしてこないかと、緊張して過ごした凛だったが、特に動きはなかった。
中野にも佐和にも島崎の突撃事件は話して置いた。
彼女を悪者にしてしまうのもどうかと思いはしたが、あの最後のひと睨みが、このまま何も無く終わるとは思えない勢いだったからだ。
諦めてくれたのだろうか。
多田も口にはしないけれどきっと心配している。
今晩あたり大丈夫そうだと連絡をしないと。
島崎の勤務する店と凛の店は閉店時間が同じだ。
そして島崎の店の方が、凛や多田の家の最寄り駅は遠い。
凛が残業しなければ、島崎と駅で鉢合わせる可能性は低い。
店が閉まってしまえばとりあえず安心だ。
そう思いながら家に着いた所で、携帯が鳴った。
佐和だ。
『凛ちゃん、警戒するのは多田さんの方だった』
「えっ?」
多田に何かあったのか、凛は靴も脱がずに玄関で携帯を耳に押し付けた。
『島崎、本社の部長ともデキてて…そこ経由で多田さんの会社にクレーム入れたらしいの』
「え、クレーム?」
『うん、商品の角が潰れてるって…島崎が交際を断った腹いせに雑に荷物を下ろしてるって』
…はぁ?
「え、何それ」
『ほんとよ、聞いて驚いたよ、ってか引いた』
断ったのは多田だ。
そんなアホな。
けれど、女性側が痴漢だと言い張れば男性に勝ち目は無いように、内容は多田の方が不利だ。
「…それで、多田さんは?」
『うん、朝イチに電話してたから…多分今頃話は行ってると思うけど…どうなるんだろうね』
そんな、あんまりだ。
『でも、凛ちゃん私証拠撮ったから』
「証拠?」
『だってさ、検品したの私だもん』
佐和の声が笑いを含んだ。
「角なんて潰れてなかったし、休憩室で電話してるの聞いたから、その後知らん顔して見てたのよ」
佐和はスラリと背の高い、キャリアウーマン風のカッコイイ女性だ。
『現物が無いのに、証拠なんてないでしょう?』
…なんか、声が怖い。
佐和はキックボクシングで汗を流すのが趣味の、なかなかアクティブな性格だ。
『案の定、品出しの途中でわざと落としてた』
ちゃんと動画あるから、大丈夫。
と、佐和は言った。
「でも、その証拠出したら…佳奈ちゃんだってわかっちゃうよ?」
うふふ…初めて聞くちょっと悪い笑い声。
『島崎がちょっかいかけるのを避けたくて黙ってたんだけどね…』
「…うん?」
『本社の経理に吉田君っているでしょ?』
「ああ、あの優しそうな…」
『付き合ってるの、私』
「えーーっ」
彼にもモーションかけちゃったのよ、島崎。
と、低ーい声で佐和が言った。
吉田くんはいかにも理系風の、腰の低い男性だ。
次いでに絵に描いた様な草食系。
佐和と並んだらどんな風なのだろうか。
『私、降りかかった火の粉は…鎮火するまで踏み潰すタイプなの♡』
…島崎より、佐和の方が怖いかも。
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