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「多田さん、昨日はありがとうございました!」
ペットボトルの緑茶に、個包装のクッキーをまいどテープで貼り付けてずいと差し出した。
「…」
能面の様な無表情の眉が、ちょこっと動いた。
「…ありがとうございます」
大きな手が凛の手からお茶を受け取った。
とたんにペットボトルが小さく見えて、凛は心の中で吹き出した。
あれなら2リットルを渡しても良かったかもしれない。
身体が大きいと、やっぱりいっぱい飲むのだろうか。
「では!お疲れ様でした!」
渡せて任務完了と、ほくほく顔の凛は品出しに取り掛かった。
凛はいつも笑っている。
多少の事では嫌な顔をしない。
それは決して全てを不快だと思わないわけではないのだ。
接客の仕事も、天職だと言われる。
接客だけ取ればクレームを出したことも無い。
けれど、彼女自身接客業が好きな訳では無いのだ。
ただ文房具が好きなだけでこの仕事を選んだ。
なので、めいっぱい気を張って接客や新人への手助けに笑顔を振りまいて仕事を終えて家に戻れば心はクタクタになっている。
無理に笑う必要が無いと分かっていても、もう性分なのだろう。
会話の空白に自ら飛び込んで話しを繋ぐ事も、挨拶一つでその日の相手の機嫌がだいたいわかってしまう所も…出来れば気にせずにいたいのだが。
その点、熊さんは楽なのだ。
機嫌も、会話の空白も気にしなくていいのだから。
…熊さん素敵!
「はー…腰が痛い」
「なんすか凛さん、おばぁちゃんみたいですよ?」
「…昨日のコピー用紙に負けた」
「あー、すみません俺が休憩中に出してくれてたんすね」
「ん?いつもより納品遅かったからね、通路塞いでたから」
今日は重い納品は無い日だ。
熊さんが来るまでの僅かな時間、凛はレジカウンターの横でお菓子のPOPを書いていた。
「サクフワ?…ふわさく?…ふわふわ、サクサクかね?」
ブツブツ呟きながら、ペンを動かす。
POPを書き出して数年。
POPで有名なドラッグストアなどに偵察に行って何とか可愛らしくと努力してきた。
「んー、地味…」
一昔前の明るさのない感じになってしまうのが悩みだ。
「…精進が足りないかぁ…」
「…おはようございます」
いきなり聞こえた低い声に、ビクンと飛び上がって顔を上げた。
カウンターを挟んだすぐ前に熊さんが立っていた。
「すみません、気付かなくてっ、検品ですね」
小さな会釈で多田はオリコンの群れに戻っていく。
熱中しすぎた。
前を通ったのも、オリコンの蓋を開けて準備してくれているのにも気付かなかった。
レジに立っている中野くんに一声かけて、凛は慌ててカウンターから飛び出した。
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