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12月も半ばだ。
もうクリスマス商戦が始まっている。
いつもより少し随分明るく感じる歩道を歩きながら、凛は少し不安になり始めていた。
多田の家を知られている。
きっと島崎が心底反省する事はないだろう。
ぐうの音も出ない証拠を突きつけられて『退散』するだけだ。
多田に危害を加えないだろうか?
部長自ら調べたという事にすると言っていた。凛が頼んだのだと思う所で怒りを止めるだろうか?
どちらにしろ、戦わなくてはいけないだろう。
悪いのは島崎だ。
多田が女性相手に理不尽な怒りをぶつける男ではない事を証明する事が1番 …大切な事だった。
…成功した。
「…よしっ」
沈みかけていた気持ちを無理やり上向けに切りかえて歩き出す。
考え事に集中してトボトボ歩いては凍えそうな気温だ。
ひと駅分は歩いただろうか、携帯が鳴った。
部長だった。
『さっきは済まなかったね、あの場では言わなかったけど…知ってるんだろう?俺が島崎と繋がりがあるのを』
「はい」
『…川野さんにも、多田さんにも迷惑をかけない様に彼女に反省させるつもりだ…本当に、申し訳なかった…浅はかな判断で迷惑をかけました』
丁寧に謝られて、凛は言葉に詰まった。
謝罪はちゃんと受け止めたけれど、多田が追い込まれた立場を考えれば…優しい言葉を返す余裕はまだ無かった。
「今日は、お時間を頂いてありがとうございました。島崎さんがもう、多田さんに危害を加えない様に…よろしくお願いします」
『よく言って聞かせるよ…さっき多田さんの上司の方にも連絡が取れたよ、正式にではないけど、多田さんにも電話口に出てもらって謝罪させてもらったから』
…多田は、どう答えたのだろう。
「そう、ですか」
『…自分は男だからどうにでもなる…問題は日中居る場所を把握されてる川野さんだって…火の粉が飛ばない様にとそれだけ、彼は自分の事に対しては何のフォローも求めなかったよ…』
部長は少し黙って、ため息の様な含み笑いをこぼした。
『くれぐれも、これまでの彼女の仕事への頑張りやキャリアに余計な印象を与えないで欲しいって念を押された…多分彼はこのまま彼自身の身の潔白を証明するつもりは無かったんだと思う。川野君の安全が一番だったんだろう』
凛がもし、多田に今回の計画を話していたらきっと止められた。
…怒っているだろうか。
『本当に申し訳なかった』
部長はもう一度丁寧に謝罪し、島崎の正式な処分が決まったら連絡させてもらうと言われ通話を終えた。
多田にとって、凛が問題に首を突っ込む事は好ましく無かった。
多分そうだろうと思っていたから話さなかった。
多田に会うのが少し、怖かった。
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