凛の反撃

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部長からの電話を切って数歩歩いた時、多田から着信が来た。 ドキドキしながら耳に携帯を押し当てる。 『…おつかれさん…どこに居てる?』 いつもの多田の声だ。 「おつかれさまです…えっと、匡平さんのマンションまで、あと二駅くらいです」 『…歩いてるの?』 「はい」 どの辺に居るのかと訊ねられ、目に止まった店を数件答える。 地理が頭に入っている多田は、すぐに側のコーヒーチェーンを指定した。 車で15分ほどで行くからと、店内に入って待つように言って電話を切った。 一言も、今日の事は言わなかった。 凛は入り口側に面した、窓際のカウンター席に座ってホットココアを頼んだ。 窓の内側から見える街並みの柔らかな電飾と、走る車のライトの光を目で捉えながら、凛はチビチビとココアを飲んで多田を待った。 店内は暖房が効きすぎていて、少しのぼせてしまいそうな位だ。 外を歩く人達は皆肩をすぼめて歩いて行く。 多田の乗る車の車内は寒くないだろうか。 昨日の約束通り迎えに来てくれる優しい人だ。 自分が不利になるクレームも、そのまま受け止めて護ろうとしてくれる、優しい人。 多田が島崎の話しに触れる前に謝ろう。 勝手な事をして、多田の気持ちも聞かずにごめんなさいと謝ろう。 多田が伝えた時間通りに、店の前に多田の車が止まった。 飲みかけのココアを返却口に戻して、凛は早足で自動ドアを潜った。 多田は運転席から出て、ガードパイプを跨いでこちらに歩いて来ていた。 「匡平さん、あの」 ごめんなさいと言う前に、多田が凛を見下ろした。 急いで巻いて出た解けそうなマフラーの端を、指で引き上げて、 「…寒いな…帰ろう」 と目が微笑んだ。 「…うん」 多田が跨いだガードパイプは凛には跨げそうもない。 少し離れたその切れ目に向かって歩く凛の後ろを多田も着いてくる。 ちゃんと凛が乗り込むのを見届けて運転席を開けた多田が乗り込んだ。 「…」 「…」 エンジンをかけるかと思ったけれど、多田は一度ハンドルに触れた手を下ろした。 「さっき、連絡もらったんやけど…」 「は、い」 多田は凛に顔をむけた。 凛の緊張混じりの表情に、多田が少し頬を緩めた。 「…俺の事より、自分の事考えてくれたらいいんやで…」 「…うん」 多田のいつもより温度の低い手が、凛の頬に触れた。 肌触りを確かめる指の背。 「…ありがとうな、凛さん」 望んでいなかったことでも、凛の頑張りを汲み取って多田はそう言ってくれた。 「…言わずに勝手に動いて、ごめんなさい」 「…俺も言わへんかったから、凛さんにだけ求めるのはおかしい」 ごめんな、他から聞いたら気分悪かったなって、多田が凛の髪を撫ぜる。 「…帰ろう、部屋あっためてゆっくりしよな」 多田の部屋には凛のローソファーが届いていた。 ソファには小さなクッションと膝掛けまで置かれていて、凛はそこに座らされて部屋が温まるのを待った。 多田は着替えて凛の横に座ると、 「ほんまなら…今年いっぱいで配置換えになる予定やったけど…白紙に戻ったから」 良かった。 多田と付き合えた今、配送が変わっても繋がりは消えないけれど…やっぱりこんな事で多田が変わるのはいやだから。 「…大変やったやろ…色々」 部長はどこまで話したのだろう。 凛は小さく首を横に振った。 多田は凛を膝に引き寄せて、凛は多田の胡座を跨いで向かいあった。 「心配しないで、匡平さん」 「…」 多田の瞼にキスをする。 コメカミにも、頬にも。 「駅まではいつも中野くんと一緒だし…駅からも気をつけるから…それに、多分部長が隠してくれるはずなの」 多田は凛に好きなようにさせながら、黙って凛の背中を撫ぜていた。 暖まり始めた部屋の中で、凛は多田の首に腕を回して抱きついてほっと息をつく。 お互いがお互いを思ってした選択だ。 このまま無事に事が済む事を願いながら、凛はしばらくそうして多田の体温を感じていた。
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