熊さんとの攻防戦

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…なんかすごく、いい香りがする。 程よく力が抜けた身体が柔らかな掛布に包まれていた。 意識が浮上してまず感じたのは、香ばしい食欲をそそる匂いだった。 あー…、お腹空いた。 ぼんやりと目を開けて、ドアからもれる光に顔を向けた。 じゅうじゅう、カコカコ音がする。 着せられていた多田の分厚いスウェットで、立ち上がる。 そろりとドアから顔を出した。 多田には少し狭そうなキッチン。 フライパンを振っている。 (…上手) 部屋は温まっていて、素足でペタペタとフローリングを歩いて多田の立つキッチンへ向かう。 多田は手元から顔を上げて凛に気づくと、目元を緩めた。 「…座っとき…足、冷えるで」 膝小僧が僅かに見えるスウェット1枚の凛。 頷きながらも多田の横に立ってフライパンの中身を覗いた。 卵が綺麗にまぶされた、焼豚が入ったチャーハンだ。 「美味しそう…」 凛はスプーンとお茶の準備をして、そそくさとソファーに座った。 仕上げにネギを多めに盛られたチャーハンを両手に持って多田が座る。 「…どこも、しんどない?」 「全然!」 多田が前に置いてくれたチャーハン。 スプーンを持って多田と目を合わせる。 早く食べたい。 「…いただきます」 「いただきますっ」 作ってもらったので、多田が一口頬張るのを待って凛も一口。 衝撃的だった。 「おいしーい!!」 本当に美味しかった。 いつもパサパサになってしまう凛のチャーハンとは雲泥の差。 しっとりで、コクがあって。 感動で目を見開いた凛と、なんのことは無い通常運転の多田。 「何が入ってるんですかっ」 もぐもぐと咀嚼しながら多田が、ちょっと首を傾げる。 「卵と、焼豚…」 「いや!その前ですって!」 聞きたい、でも食べたい。 こんもり盛られたチャーハンをスプーンですくって頬を膨らませて食べる凛を、多田が喉の奥で笑った。 とても優しい顔だ。 こうして二人で居る事が当たり前になったからなのか、出会い、恋をしていた時には想像も出来なかった多田の表情。 時々そんな表情を見せても、またすぐ無表情だけれど。 嬉しい。 美味しい。 …幸せだ。 「凛さんの鍋の方が美味かった…」 「…あれは、鍋キューブですよ、人様の力です、文明の利器ですっ!…残ねーん」 ふっ、とまた多田が目を綻ばせる。 こんな表情が頻繁に登場する様になればいい。 飾らない、ありのままの凛を見て多田が笑うから…そんなに難しい事ではないかもしれない。 凛は密かにそんな願いを胸に秘め、美味しいチャーハンを完食したのだった。
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