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シャワーを終えてリビングに入ってきた多田が足を止めてキッチンの凛の手元を覗き込んだ。
「…」
「匡平さん、ひじき大丈夫?」
「…うん」
凛は普段弁当はあまり作らない。
でも持ってきた日持ちのしない野菜や生鮮食品がある。
消費せねばと、一緒に持ってきたお弁当箱は凛サイズ。
おかずだけ詰めてご飯はおにぎりにしよう。
「明日、お弁当持って行って下さい」
せめてものお返しにと考えついたのだ。
「…」
肩からかけたタオルで後ろ頭を拭いていた仕草のまま、多田が固まった。
「…え…あの、もしかして手作り弁当とか、ダメな人…?」
朝、肉巻きだけ焼き、おにぎりを握れば終わるように、細々としたものを弁当箱に詰め始めていた凛は手を止めた。
多田が首を振って凛の隣に立った。
じっとまだ隙間のあるそれを覗き込む。
「……めっちゃ、嬉しい」
ポソりとそう言った口元が、ゆっくり弧をかいた。
「でも、俺…朝早いで…?」
「ここを出るのは何時頃ですか?」
「6時少し前…」
「余裕ですよー、私が普段起きるのもそれくらいですから、30分早く起きればなんの問題もありません」
おにぎりと肉巻き、下準備すれば直ぐに出来る。
多田が、本当に嬉しいのだと弁当箱を見つめる仕草でわかるから。
「…あんまり上手じゃないですよ?…愛情だけ多めに入れときますねー」
なんて冗談を言って、凛も笑う。
「…うん、これ…好き」
凛が端に詰めていたのは、いんげんの胡麻和えだ。
子供みたいな幼い物言いが可愛くて、凛は胸がきゅうっとして困った。
「ふふ、じゃあサービスして多めにっ」
小さなキッチンに大きな多田と小さな凛が並んで。
弁当を詰める。
デートの終わりにバイバイすると、寂しくなる時間が省かれて。
特別な所に行かなくてもこうして幸せだと思えるのは、ある意味あの…ぶっ飛んだ島崎のおかげかもしれない。
凛も軽くシャワーを浴びて、日付けが変わる少し前に二人でベットに入る。
凛をすっぽり腕におさめた多田が、安堵したため息をついた。
「……頭に浮かんだら…動きたい」
「…ん…?」
多田の体温が心地よくて、もう眠りに引き込まれそうになっていた凛が胸の中で聞き返す。
「…出来るのにやれへんかったら…手遅れになった時…死ぬほど後悔する…」
多田がここに凛を連れ帰った事だろうか。
それにしては、何か他にも含まれている気がした。
「…せやから…しんどいと思ったら…言うて…」
「…しんどく、ないよ…嬉しかった…」
凛の答えに多田は一度だけ背中を撫ぜてもう何も言わなかった。
多田は、何かで後悔した事があるのだろうか。
多田から与えられる気遣いや優しさは、どれも有り難くはあっても、迷惑だなんて思わないのに。
優しさを押し付けていると、多田は何故心配するのだろう。
凛はわからずに目を閉じる。
同じだけ優しさを返せたら、多田はそれを当たり前だと思ってくれるだろうか。
そう思いながら、凛は温かな腕の中で眠りについた。
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