熊さんの餌付け

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慌てて伝票を受け取った凛が口を開く前に、多田がビニール袋を突き出した。 「?」 「昨日…ありがとうございました…」 「えっ」 お礼のお礼?! 「事務員が…毎日配るんですが…食わないので…」 むんずと掴んで差し出されたビニール袋の底を両手で受け取った。 「いただきます…」 また微かな会釈で多田はもうオリコンの中身を見ていたが、凛は嬉しくてにやけながら検品に取り掛かった。 事務員さんはきっと年配の人だ。 雷おこしや、羊羹、モナカなどの個包装のお菓子がぎっしりだった。 凛は和菓子も大好きなので、何の問題もない。 「優しいんだなぁ…」 食べないからと断らず、毎回受け取って溜め込んだ多田を想像し凛はほんわかした。 きっとあの大きな手を広げて、この小さなお菓子を受け取って、小さく頭を下げるのだ。 …やっぱり熊さん素敵。 誰にもあげずに一人暮らしの家に持ち帰り、TVのお供スペースに仲間入りさせた。 しかし結構な量だ。 逆に申し訳ない事をした。 翌日の検品、凛のエプロンの両ポケットは膨れていた。 不自然に膨らませたポケットをそのままに検品を終えると、凛は即座にポケットに突っ込んだ手で缶コーヒーを2本掴んでずいと突き出した。 「無糖と微糖!どちらをご所望ですか?!」 「…」 少し声が大き過ぎた。 しかも望まれて無いのに選ぶ前提で突き出している。 熊さんがじっと自分を見つめている。安定の無表情だ。 「…無糖で」 「はいっ、どうぞっ!」 受け取って貰えたとほっとした凛。 すっぽりと手の中にある缶コーヒーを見た多田が、ボソリと言った。 「川野さん…は、微糖で?」 「私はコーヒー飲めません、多田さんがどっちなのかわからなかったのでっ」 にっ、と何故か自信満々で答えた凛。 そこで、小さな奇跡が起きた。 能面無表情の多田の目元が、ふ、と一瞬柔いだ。…気がした。 「…いただきます…あと」 多田が作業着の胸ポケットに指を入れた。 大きすぎて手は入らない様だ。 器用に人差し指と中指で挟んで多田が凛に差し出したのは、個包装のマシュマロだ。 「いいんですか?」 小さな頷きが返ってきた。 きっと、今日の分の事務員さんからのお菓子だ。 「マシュマロ!大好物です」 「…ありがとうございました」 凛の大好物発言に反応は無かったが、 ボソリと挨拶して多田が踵を返して去っていく。 多田が自らお菓子を差し出したのだ。 これは熊さんとの距離が少し縮んだのではないか。 恋をしていると言うほど大層ではないが、凛はワクワクとした気持ちで多田の背中を見送った。
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