護る者と、護られる者。

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…多田が会社に乗り込めば、凛より恨みを買うのでは無いか。 多田に、危害を加えられる恐怖が込み上げた。 クレームなんて生易しいものでは無い、血が流れるような危害が、頭を巡る。 急に怖くなった。 さっき見た不自然な笑顔が、島崎の普通を飛び越えた感情を表していたから。 どうしよう、どっちがいい? じっと、急かさずに凛の答えを待っている多田の目を見つめて。 凛が出したのは、そのどちらとも違う…答えだった。 「別れましょう」 島崎は多田を愛しては居ない。 ただ、凛に「取られた」多田に執着しているのだ。 思うように自分に惹かれない多田と、それを手に入れた凛が気に入らないのだ。 凛が多田から離れれば、きっと満足する。 多田を傷つけられる可能性は低いのだ。 「……何?」 昨夜、どこへでもついて行くと言った凛の口から出た言葉を、多田は上手く理解できなかったのか。 その目が、聞いた言葉を咀嚼出来ずに首を傾げた。 「…別れましょう…もうどうしたって面倒くさいじゃないですか…」 面倒くさいなんて、1mmも思ってはいないけれど。 上手くいく方法があるなら、なんだってするけれど。 四六時中くっついて、多田の背中を護ることは出来ないから。 常軌を逸した島崎を、打ち負かす言葉を知らないから。 いつまで続くかわからない不安を抱えて、毎日過ごす事を選べなかった。 多田を失う恐怖より、多田を傷つけられる恐怖の方が重かった。 多田の胸をトンと押して、身体を離した。 選択を間違えている。 わかっている。 それでも正解がわからないから。 いくつもある間違った選択の中から、一番安全な物を選んだ。 「凛さん」 離れる凛を止めようとした多田の手が触れる前に立ち上がる。 「…お弁当、カウンターの上です匡平さん…さようなら」 先に目覚めてよかった。 着替えていてよかった。 ほんの数分、ここに留まってしまえば揺らぎそうな決心を抱えて。 届かなかった手を止めたまま、凛を見上げた多田に背を向ける。 もう心は嫌だと悲鳴を上げていたけれど。 島崎を追い払う手立てを掲げ、凛は玄関に向かって歩き出した。
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