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「寒い…」
凛は冬が苦手だ。
マフラーも手袋もモコモコ靴下も完全装備でなくては冬を越せない程だ。
イヤーマフもつけて電車を下り、すぐ近くの店舗を目指して早足に歩く。
転がった方が早いほど着込んでいる。
マフラーに半分顔を埋めて、店の前まで来た時。
熊さんのトラックが横付けされていた。
運転席の熊さんと目が合った。
ぺこりと頭を下げる。
しかし、凛の顔は半分隠れコートでモコモコ。
誰だかわからない。
凛はマフラーを引き下げ、もう一度頭を下げた。
すると運転席の窓が開けられ、
「…おはようございます」
「おはようございますっ、早いですね」
運転席の高い所から見下ろす多田は、いつもの作業着姿だ。
熊さんは寒くないのだろうか。
「…積み込みに不備がありました。客注分のオリコンは積まれていますが、定番分の積み忘れを1箱取りに戻ります。客注分だけ、先に下ろさせていただけますか?」
うわぁ…すらすら話せるんだこの人。
やっぱり抑揚はロボットだけど。
「あ、はい。私が貰って行きます」
「いえ、ドアを解錠してもらえれば、俺が」
「いいえ、私が力持ちなのご存知ですよね?…早く帰らなきゃ、どんどん押しますから…気にしないで下さい」
ニッコリ笑った凛はまた、マフラーを引き上げた。
一瞬凛の眼鏡が鼻息で曇る。
多田は運転席から降りて、トラックの荷台のリヤドアを開けた。
結構な高さがあるがリフトも下ろさずに腕力だけで荷台にあがった。
手前の数箱を引き寄せ移動させると、奥から1箱持ち上げて滑らせた。
トンと荷台から飛び降り、オリコンを引き寄せておろす。
凛はつけていた指無しのモコモコ手袋を外し、コートのポケットに突っ込んだ。
ずしりと重いオリコンを抱える。
「ではっ、また後で」
半分曇った眼鏡越しに微笑んで入口に向かった。
入口を開けて、オリコンを先に入れて自動ドアを閉めようと振りかえると、運転席に戻りエンジンをかけた多田がこちらを見ていた。
「…ふふ」
早く行けばいいのに。
ぴ!と、おどけて敬礼して見せた凛。
熊さんは一瞬固まり、申し訳程度に片手を上げて発車した。
大きなハンドルを回してスムーズに車道に戻るトラック。
カッコイイ。
凛は少しだけ自覚した。
もしかして自分の男性の好みは、変わっているのかもしれない…と。
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